1-7 小さめはキライですか?

 キラメキ・クリスタルは、魔法少女の魔力をわかりやすく視覚化したものだ。

 魔力はひとりひとりが固有の属性を持ち、それに応じて色が変わる。極端に暗い色の者もいるが、そこにはせんはない。


 重要なのは、大きさ。

 未来をつなぐ力に相当するキラメキは、多ければ多いほどその者の可能性を強く支える。いつか異空間ステージの空を満たすほどのキラメキを得た日には、どんな未来も望むだけつかめることだろう。それが戦いの使命から解かれた現代の魔法少女たちの見る夢だ。


「ちぃ、さい……!?」


 ひよこ色のマスコット・ユウキはえずくように叫んでいた。


 ステージ・フィールド内にいる魔法少女は変身するとともに、頭上に自分のキラメキ・クリスタルを見ることができる。

 いま上空にあるのはふたつ。華やかな黄色い結晶は堂々とした輝きを放ち、隣りに浮かぶ黒い石をいまにも飲みこもうとしているかのよう。


 ほとんど漆黒に近い濃紺のうこんの石――間鋼まはがね雀夜さくやのキラメキ・クリスタルは、誰の目にも明らかに小さく弱々しかった。マスコット歴の長いヨサクでさえ、余裕のない調子でうめくほどに。


消灯ロスト寸前……マジかよ」

「身長に使いすぎましたか」

「いやいや!?」


 当の雀夜だけが、あまりショックを受けていない様子で自分の〝未来の可能性〟をながめていた。わかりやすく視覚化されるといっても、誰もがそれで実感まで得られるわけではない。ただ、温度差には周囲がついていけない。


 震撼しんかん冷めやらぬ中、そのひとり冷静な雀夜が異変に気づいた。


 それは足の下からせまってきていた。

 ステージ・フィールドは底なしの海中のような世界だが、実際に水があるわけではなく、雀夜たちは透明な足場の上にいる。雀夜が見おろしたとき、すでにそのは目前にあった。


 垂直に伸びてきたそれは透明な足場を突き破り、雀夜を乗せてそのまま高く押しあげていく。割れた足場には、雀夜以外の全員が取り残される。


「やべえ! ステージがオンのままだ!」

「ルカッ、あなた!?」


 ヨサクとキッカが同時に叫んだ。キッカの声で全員が、足場の破片に腰かけている白黄色の魔法少女を振り返る。組んだ指にあごを乗せていた魔法少女、さかき鹿は金銀二色のメッシュをらし、「ホホホ」とわざとらしく声を立てた。


「小さくたって歌えますわよ。四小節か、三小節か」


 人なつっこい作り笑いが、本物らしい笑みに変わる。戸棚にある菓子の取り方を思いついた子供のような、晴れやかであどけない笑み。


「見せていただきましょう? 覚悟とやら」

「いただきましょう、じゃねぇッ! このあおりんぼう!」ヨサクががなった。「キッカ! フィールド強制解除!」

「あン、つまんない……」

「待ってください」


 ぼやく琉鹿子の声に、低く落ち着いた声がかぶさる。

 声は、伸びきった氷柱のいただきから聞こえていた。真上に浮かぶ、小さな黒い太陽から、スポットライトのように淡い光が降りそそいでいる。


 その場所をしかと踏みしめ、雀夜は顔をあげていた。

 もうひとつの氷柱の周りをたゆたいながら、新しい氷柱ステージを遠巻きに気にしている天使クリオネたちを見据みすえて。


「ヨサクさん、キッカさん。このままやらせていただけませんか?」

「!?」


 制止されたふたりが息を飲む。

 雀夜の声色は軽くはない。しかし、無鉄砲なことに変わりはなかった。特に彼女の場合は、初陣ういじんであることを差し引いても。


「やるって……わかってんのかよ、サクちゃん!? あのクリスタルはッ――」

「わかっています。だからこそ、琉鹿子さんがおぜんてしてくださったいま少しでもかせげないなら、これからやっていける保証もない。違いますか?」

「……ッ」


 打てば鳴る。雀夜は正論を吐く。よどみなく、ヨサクが言葉に詰まるほど。


 《消灯ロスト》――キラメキが、未来の可能性がゼロになる。

 可能性は、たとえ一パーセント未満でも、ゼロでないならなにかは起きる。それがゼロになることは、つまりはということ。


 死ぬことはない。けれど、いてもいないのと同じになる。


 雀夜の〝わかっています〟が、そのことまで及んでいたかは疑わしい。しかし、及んでいても同じことだと、とうに雀夜は見せていた。まるで他人事のような冷たさで、ほころびのない意志を。


「お願いします。指示を」


 なおもうながす。


 ヨサクは渋面じゅうめんでだまり込んでいたが、やがてすぐうしろを振り向いた。


「……ユウキ。決めるのはおまえだ」


 ユウキもまた、ステージを見あげていた。

 氷柱のいただきで、長く伸びていかづちの青に染まったポニーテールが揺れている。


 その存在に気づいた天使たちが近寄ってき始めていた。ゆっくりとではあるが、そのたいはクマやゾウよりも大きい。それが数十体。いつの間にか増えている。琉鹿子の激しいライブにかれ、別の群れが合流していたか。


 ライブが不満だったとして、天使たちが人間を襲うようなことはない。ただ興味をなくして去っていくだけ。

 また、天使の大半を占める白い天使は、特に好奇心が強く、見慣れないものに反応を示しやすい。彼ら相手なら初心者でも、ライブの成功率は八割を超える。極端に魔力キラメキが少ない魔法少女でも、節約すれば……――


 そういう問題じゃない、とユウキは心の中で吐き捨てた。


 あの子は、雀夜は言った。やっていける保証はない。できなければ、自分に未来はない、と。


(違う……そんなの。そんなこと。魔法は、魔法少女はッ……)


 気づけば、飛び立っていた。


「だめよ、ユウキくん。無理は――って、ちょっユウキくん!?」「おおいっ、ユウキ!?」


 なだめようとしていた先輩マスコットたちの戸惑いの声を下方に聞く。


 ユウキはより高く飛んで、氷柱を取り囲み始めていた天使たちの合間をすり抜けた。ステージの中と外をへだてる薄い魔力のまくを強引にこじあけ、眼下に青いよろいをまとう魔法少女を見る。


「雀夜ちゃん!」

「っ!?」


 気づいた雀夜が振り仰ぐ。

 シールドゴーグル越しに見えた、魔力で染まった紫の瞳。いつもあきらめたように半眼気味でいた少女の目が、大きく見ひらかれる。


「ユウキさん……?」


 ユウキは落ちながら、力いっぱい体を丸めた。瞬間、全身が光を放ち、溶けるようにかたちが崩れていく。

 光と一体となり、粘土のようにうごめき、やがて新たなかたちを取った。


 くびれて曲線を描く薄い箱型のボディに、長く伸びたネック。指板の上を六本の弦が渡り、下部から伸びた電源シールドケーブルがしっぽのように踊る。


 縁取りは黒く、まるでクマバチのような黄色ベースの配色。


 サンバーストカラーのエレキギターに変身し、ユウキは雀夜の堅牢けんろうなガントレットの中に収まった。


「いっしょにやろう! ボクを使って!」

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