1-6-b はじまれますか?

「では、わたしからいます。契約を、ユウキさん。天使たちに鉄槌てっついを」

「く、くだしちゃダメだよっ……?」

「その意気ですわー」


 雀夜さくやの決意はやや過激だった。ユウキはうろたえ、琉鹿子るかこは冷やかす。


 話がズレて毒気を抜かれ、思わずユウキは大きく息を吐きだした。たった数秒でとてつもなく疲れたようでもある。それでも、思いつめていたときよりはいくらか軽い。

 ユウキもまた、雀夜の目を見て向き直した。


「音楽、したことは?」

「ありません」

「好きな、歌とか……」

「ありません」

「……それでも?」

「はい。魔法があるなら」


 雀夜はどこまでもよどみない。とはいえ、確信はあるらしかった。

 そしてそれは正しい。魔法少女の舞台マジカル★ライブに音楽の素養はひっではない。

 基本は魔法化プリインストールされている楽曲を元にした自動生成音楽の自動演奏だし、たとえ魔法で作ったスピーカーから音を流すだけでも成立する。先ほどの琉鹿子のライブでも、召喚しょうかんされていないはずの楽器の音が聞こえていた。ただ、パフォーマンスとして魔楽器をあやつったり、魔法で視覚効果を追加したりすれば、プラスにはたらくというだけのこと。


 ユウキも当然理解していた。それでもなお踏み切れなかったのが、初めてコミューンに所属して半年契約者なしの原因でもあった。だからこそ、雀夜の迷わず踏み出そうとする決意を、頼もしいとも感じたのだが。


「……わかった。契約しよう、間鋼雀夜ちゃん」


 ユウキはぎこちなくもうなずいた。


 短い両手を胸の前で合わせる。間を置かず、手のひらの合間でパリッと黄色い火花が散った。さっと広げた両手のあいだに、なんの装飾もない白いチョーカーが現れる。


「これをつけて、目を閉じて」


 雀夜は受け取って、うながされるまま装着し、まぶたをおろした。夢に身を投げるように。


「心に浮かんだ言葉を唱えるんだ。集中して……」

「……赤だし。豚角。きゅうりの――」

「おなか空いてる?」

「ぐう、しかし我慢。……内なる銀河を、我が道に――……グローリィ・アウト」

「承認。……じゃあいくよ?」


 ひよこ色のマスコット、ユウキは宣誓せんせいした。



 ――アクティベート。コード:『ジャギー★ロッダー』、グローリィ・アウトッ!



 ぞっ、と風が起こり、雀夜は目をあけた。


 あごの下、首もとにはめたものから、青白い光があふれだしている。

 ほの温かく、肌を伝うとぬめるような質感のあるふしぎな光だ。


 光が衣服を飲みこみ、新しいものへ変えていく。

 とけるように飛び散ったブレザーとスカートが、首もとから縦に伸びて体の前面を覆う。つながったスカートは股下へもぐりこんで、ローライズのボトムに。

 シャツからちぎれた光が指先にからまり、新たに這いのぼって長いグローブとなる。

 ソックスも一度ほどけ、鋭利な螺旋らせんを描いてボトムとつながる。その両脚を新たにやわらかい布地が包んでいく。


 軽やかに広がるロングスカート。それはくるぶしをも隠すかに見えた。しかし、不意に片側のソックスが爆発した。


 光が激しく噴きあげ、ほとばしる火花がむき出しの肩と腰のそばに集まる。


 風を鋳出いだすように現れたのは、鎧のような武骨な金属板プレート

 そのプレートからさらに火花が飛び、雷撃がめぐる。


 何倍にも伸長したポニーテールが、先からいかづちの青に染まりだしていた。衣装が再度焼き直されるようにして、濃厚な青と紫に彩られる。


 マスカラはるり色に。ルージュはふじ色に。


 最後、稲妻いなづまがこめかみを突き抜け、眼鏡がシールドゴーグルのような形状に変化した。同時に左の側頭部から、うしろ向きにねじれた黒いツノ。

 一陣いちじんの風が吹き荒れ、残り火のような光を吹き飛ばす。


 雀夜は自身の姿を見おろしていた。

 爆風でめくりあげられたスカートは、ちぎれたガーターでももの上にとめられている。ソックスをいていたはずの片足には、ツメのように鋭い五指の生えた金属のブーツ。


 その意匠いしょうに目をみはったとき、腕にもいびつな曲線がっていることに気がついた。先にはめられた薄いグローブの上を、はがねよろいが包んでいる。無数の板金をいでこしらえた、うろこのような甲手こて


 深いあいいろのガントレットが、ひじから指の先までをおおっていた。


 手の動きには干渉せず、重さも一切感じない。まるで紙でできているようだ。足鎧あしよろいもそう。ほかの金属板に至っては、肌に触れることなく一定の距離を保って宙に浮いている。

 しかし、鈍く照り返し硬質さを放つそのツヤはどれも本物の金属のそれで、雀夜はサメの歯のようにそろってとがりきった指先に、しばらくしげしげと見入っていた。


「思っていたより……攻撃的ですね」

「ま、まあなぁ?」


 ようやくつぶやいた雀夜に、苦笑まじりの相づちを打ったのはヨサクだ。彼も驚いているようだった。


「元は戦うための魔法少女で、言っちまえばその機能の使いまわしだからな。ここまで強そうなのは、めずらしいっちゃそうだが……」

「では、天使たちに鉄拳てっけんを」

「マジで鉄拳じゃねえかっ。しなくていいしなくていい!」


 本気か冗談かもよくわからない物腰でのたまう雀夜をいさめつつ、ヨサクはとなりでほうけているユウキのわきを小突いた。

 ユウキはすぐハッとなったが、雀夜を向き合えばふたたび体が固くなってしまう。感慨かんがい深さといっしょに、及び腰な感情が押し寄せてくる。それでも、言わなければという気持ちが強く出てきて、めつける喉をこじあけた。


「契約、完了だよ。おめでとう、でいいのかわからないけど……雀夜ちゃん。これからよろし――」

「ちょっと、見てッ!」


 ユウキが言い終えないうちに、キッカが悲鳴じみた声をあげた。

 愕然がくぜんとした様子で頭上を見る彼女に、ユウキも、そしてヨサクもならう。


 上空には太陽のように、琉鹿子の黄色いキラメキ・クリスタルが輝いている。

 その隣り、自分たちのまっすぐ上、まるで天体模型の、太陽から見た地球のような位置に。


 黒い、黒い石が浮いていた。


 いまにも消えてしまいそうなほど、小さな小さな黒い石が。

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