1-6-a 契約しませんか?

 曲がふたつ目のサビに入り、咲きほこるユリのかたちをした巨大な光のオブジェがいくつも現れては消えてをくり返す。激しい光の乱舞に酔ったように、クリオネ型の天使たちはそろいもそろって体を揺らし、互いがぶつかるたびにきらめく七色の泡をはじけさせていた。


かせぐなー」

「もおぉぉ、ほんと見せたがり……」


 のほほんとつぶやく白いマスコットの隣りで、薄緑色のマスコットがとがり気味の顔の先を両手で押さえてうめいている。天上にある黄色いクリスタルは、ライブが始まったときよりかすかに肥大化ひだいかしたようだった。


「まー、群れの規模考えてなさそうだし、収支トントンくらいじゃね?」

「それはそれで自信過剰かじょうっていうのよ……」


 白いマスコット、ヨサクはなぐさめているつもりらしい。琉鹿子るかこのパートナーだという緑のほう、キッカは、しかしますます声を低くしてうなっている。


「キラメキの収支には、報告義務が?」


 雀夜さくやはふと気がついたことをたずねた。

 ヨサクが少し驚いたように速い動作で振り返る。聞かれたことが意外だったらしい。ただ、気を悪くした風ではなく、照れたような苦笑まじりの声で「まあな」と答えた。


「俺らマスコットのいまの仕事は、家出少女の保護とか、未成年が巻き込まれる犯罪を減らすとか、まぁー多方面に納得してもらうためもあっていろいろねちゃいるが、一番は、魔法少女のライブを徹底的てっていてきにサポートすることだ。そんで、人間界の魔力キラメキの総量を増やすことに貢献こうけんすること。でなきゃ俺たちは、契約者から供給される魔力と、許諾きょだくすっ飛ばして拝借はいしゃくした人間の音楽で命つなぎとめてるだけの、外来寄生生物だ」

「コラちょっと」


 キッカが横目にヨサクをにらむ。ヨサクもすかさず「あー、わりわり」となだめ返す。


「いまは契約のシステムがいじられてて、契約者から直接魔力をもらってるわけじゃない。だが、どのみち魔力で作られた俺たちは、魔力を食わなきゃ生きていけねえ存在さ。天使どもみたく手のひらクルッとしてじょせずに、契約者スカウトの権利とマジカルライブ事業を認めてくれたニンゲンサマには感謝してるぜ」

「お互い様でしょうね」


 雀夜はため息をつくように言った。やんわりと、マスコットは戦争で人間を助けてくれたのだから、人間が助け返すのは当たり前だ、とさとしていた。ヨサクにもそれは伝わる。


「理解しました」雀夜が冷静につづけた。「悪い話ではない、ということですね」

「そう言ってくれちゃうのは助かるなぁ。だーが……」


 歓迎かんげいを口にしかけて、ヨサクは急に待ったをかけた。そして続きを言わない。

 ポニーテールをらして振り向こうとした雀夜の目は、先にひよこ色をしたヌイグルミ風のドラゴンとぶつかった。


 よく磨かれたボタンのような黒い目が、常に半眼気味で温度の低い雀夜の顔をくっきりと映しこんでいる。どことなくこわばった様子で、いつからそうしていたのだろう。ヨサクから出番を譲り受けたユウキは、最初から向き合えるときを待っていたようだった。


「悪い話になったことは、少ないって聞くよ。でも……魔法を使うたび減っていくのは、本当にきみたちのキラメキ、きみの〝未来〟なんだ。減ることがあるなら、になる恐れだってある。いくら理論上のことだと言っても、絶対の保証は――」

「ユウキさん」


 慎重に話しはじめたユウキを、雀夜は早々とさえぎった。あくまでしめやかに。


「言ったはずです。わたしにほかに行くあてはないと。どこかへ行けたところで、うしろだても、そしてお金もない未成年のわたしには、未来なんて呼べるものはありません。あなた方がそれを与えてくれる代わりに、歌えと言うなら歌いますし、指を食わせろと言うのであれば切って渡すまで」

「……!?」

「ちょ、ちょっとそれは――」


 息を飲んだユウキのうしろで、キッカが声を荒げかけた。が、その進路をふさぐようにヨサクが腕をあげた。ヨサクはなにも言わず、ただユウキと雀夜を見る。


自棄ヤケではありませんよ? 覚悟もとうにしてここに来ました。ご存じのはずですが」

「……」


 雀夜は淡々とした物言い。対し、ユウキは黙りこんでしまう。


 最初から――そう、最初からだった。


 そうでない者も多いという。しかし雀夜は、登録したてのSNSで、年齢性別と待ち合わせ場所をさらして無鉄砲な募集をかけていた彼女は、自分を売りはらう一線を心ではとうに越え終えていた。


 最初から――そして、いまもだ。ユウキには、その真実味がつかみ切れていなかった。未成年が持てる善悪の判断力。未熟な自尊心の不安定さ。養成所で教えられた知識が先に立って、飛びこんではいけない濃霧のうむのようにもやもやと行く手をはばんでいた。


「はーぁ……」つやのある溜め息。「お披露目ひろめに立ち会えなくても構いませんけれど、せっかく温まったお客が帰ってしまいますわよ?」

「ちょっ、ルカ!?」

「うぇぇっ、ライブ終わっとる!?」


 いつの間にかすぐそばに立っていたさかき琉鹿子に、キッカとヨサクが激しく取り乱す。

 琉鹿子はちょうど二匹のあいだに立って、奇跡のような細さの腰に両手を当てていた。いまは頭飾りを残して花を模したマントやスカートは消え、肌に吸いつく薄いボディスーツだけになっている。「まだサビ残ってなかったっけ!?」「切りあげましたわ。あなた方聞いてないんですもの」「いやいや!?」とヨサクを相手にくだけたやり取り。


 魔法の金管楽器たちも消えていた。主役スターはおろか楽隊バンドまるごともぬけのからとなった舞台の周りでは、突然光源を失った羽虫のようにクリオネ型の天使たちが右往左往している。


 あれは大丈夫なのだろうか、とさすがの雀夜も目をしばたかせていた。その視線を呼び寄せるように、白と黄色の印象的な魔法少女が歩み出てくる。

 マスコットばかりに囲まれていれば、彼らが人間だったときほど背の低さは目立たない。一方、浮き出たボディラインで、華奢きゃしゃさはより鮮明にされていた。それでいて腕を組み、頬を引きあげて雀夜と向き合う堂々とした姿は、八畳間の隅に座っていたときよりずっと大きくたくましく見える。雀夜は改めて、ほう、と息をついた。


膨張色ぼうちょうしょく?」

「ンが!? 人が気にしてっことをッ!」


 琉鹿子が歯ぐきをむき出し目じりをつりあげる。が、すぐさまハッとなって、なにも聞かなかったかのようにまた悠然ゆうぜんとほほ笑んだ。その姿はあたかも、嵐にさえ折れず涼やかに立つであろう、白鋼しろがねの花。


「いい目になりましたわね。置いてもらえればいいだなんて、欲のないことを言っていた頃よりは」

「いいものを見せていただきましたので」雀夜はへりくだり、だが流暢りゅうちょうに答えた。


「あらうれしい。ルカコも見せていただけるのかしら?」

「お時間よろしければ」

「雀夜ちゃん!?」


 ユウキがあわてて口をはさむ。だが、言葉を言えないのは変わらない。


 琉鹿子は不敵な笑みを浮かべて振り返り、雀夜もブレないかたくなさを物腰で示したまま、彼とふたたび向き合った。

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