1-3-a 女児ではありませんが?


 撮影機材もなければベッドもない、扇風機とちゃぶ台が置かれているだけの八畳間だった。床の隅には少年向けのマンガ本が積まれている。

 雀夜が住んでいた家も似たようなものだったが、こちらのほうが殺風景に見えるのはテレビがないせいだろう。ひとしきりながめて納得した瞬間、死角だった入り口側の壁ぎわに人がいることに気づいて、雀夜はハッとした。


 その姿をちゃんと見て、さらに息を飲む。


(……すごい)


 十人が見て十人がうなずくような、美しさと呼べる異彩を放つ少女だった。座布団の上で眠るように気配なく座っていたのに、一度見つけてしまえば目を離せなくなる。


 ふくらんだ袖が特徴的なグレーのセーターにワイシャツ姿。襟には赤紐あかひもと銀の留め具のループタイ。どこかの制服らしいが、雀夜と同じ高校生だろうか。

 華奢きゃしゃな手足をしていて、その身にまとうように波打つ長い髪はゆうに灰がかった薄い色していた。顔の両サイドのふさにはさらに純白のメッシュ。頭頂部の大きな黄色いリボンにだけ、ほのかな少女の趣味を感じる。


 長いまつ毛をせ、まなざしは床へ向けられていた。やがてそれも、雀夜の視線に気づいてか、たおやかに持ちあがる。


「…………」

「……どうも」

「……」


 目が合って、数秒。無言のまま顔色も変えない少女に、雀夜はとりあえずの会釈えしゃくをした。しかし、少女はまゆひとつ動かさず、なにも答えないまま、あたかもなにも見なかったかのように、顔をあげたときと同じ速度で視線を床へ戻した。


「……?」


 さすがの雀夜も、鼻白んで首をかしげてしまう。

 と、そこへ追いついてきたユウキが、廊下から顔を出すや少女を見つけて「あっ、琉鹿子るかこちゃんも来てたんだ。こんばんはっ」とにこやかに声をかけた。琉鹿子、と呼ばれた少女はこれにも反応を示さず、すました様子で座っていた。


「あれ? なんか、機嫌悪い……?」

「へーい、詰めろ詰めろぉっ。ユウキクンのドゥチェー卒業記念ぱーちーだぁっ」

「ちょっと。セクハラ」

「どるちぇ? ってなに?」

「先輩っ! また誤解させるようなこと言わないでくださいって!」


 廊下から男を先頭にして一斉に出てきた三人組に、ユウキと雀夜はまとめてベランダ側へと押し流される。


 その様を、頭を動かさないまま、琉鹿子は横目に盗み見ていた。誰にも聞こえないほど小さな声で、ほんのひとことだけつぶやきながら。


「……わざとらしい」



   ★ ★ ★ ★ ★



 ひとまず来客用らしい厚手の座布団をもらって、さくはキッチンから一番遠くて上座らしきベランダの前に正座した。ちゃぶ台を囲むようにしてユウキはすぐとなりに。人形さながらに動こうとしない琉鹿子るかこの位置は、ちょうど雀夜の向かい側だ。


「じゃー、特にひねりもなく自己紹介なー?」


 ユウキと反対隣りには、小さな女の子と白髪の若い男が上座側から順に並んで座っている。色眼鏡の下で目と口をニヤリとほぐしながら、男は女の子の頭に片手を乗せて雀夜のほうを向いた。


「まず、こっちのちっこくてかわいーぃ十四歳が、玉虫たまむしはな。んで、おれちゃんがヨサクっち。よろしくなー」

「ハナビですっ。よろしくねっ、サクヤちゃん!」


 頭に置かれた手を両手で捕まえながら、女の子も元気よく続く。彼女は男の手をいやがっている様子ではなく、むしろ握っていると安心するおもちゃのように指先でフニフニともてあそんでいた。雀夜もすかさず頭をさげる。


「よろしくお願いします、華灯さん」

「サクヤちゃんおっきいね! なんセンチ?」

「91センチです。しかしアンダーが太くて」

「そ、そっちじゃないよっ……?」

「春の健康診断では169センチでした。おそらくそこからもう2、3センチ」

「ふわーっ!?」

「俺ちゃん抜かれそうだなぁ」


 片手を華灯にされるがままにしたまま、ヨサクと名乗った男も面白そうに肩をゆする。雀夜はその顔をじっと見てたずねた。


「ヨサクっちさんは首領ドンですか?」

「そ。俺ちゃんがどーん」ヨサクは冗談めかして、あいている手をこめかみに当てる。「看板は持ってなさそうだろ?」

「……そうですね。事務所でお金を数えていそうです」

「ヨサク先輩……?」


 雀夜が調子を合わせる隣りで、金髪で背の高い後輩がわった目線を投げてよこす。水商売未満のいかがわしい集団ではないと誤解を解くためにどれだけ苦労したと思ってるんですか、と顔に書いてある。ヨサク先輩は見ぬふりをしたが。


「さてさて。んで、こっちにいるこわーいオネーサンと美少女が、キッカたんと、さかき琉鹿子るかこちゃん」

「つっこまないわよ。もう……」


 琉鹿子と呼ばれた少女と並んで、雀夜の向かいに座っていた女性が眉をひそめてヨサクをにらんだ。が、すぐにその相好そうこうを崩し、雀夜にはおだやかな緑色の目を見せた。


「初めまして、間鋼まはがね雀夜さん。キッカです。一応その白髪しらがの後輩で、ユウキくんの先輩」

「ルカコ。名前で結構ですわ。仲よくしましょうね、間鋼さん?」

「……?」


 雀夜はまばたきをした。


 キッカの隣りですましていた少女、榊琉鹿子がキッカにならうように、人なつっこい笑みを雀夜に向けていた。口ぶりこそやや尊大に聞こえるが、あしらうような冷めた印象はどこにもない。雀夜はぎこちなくなった所作で「はい、よろしくお願いします。キッカさんに……」と頭をさげるためにいったん視線を外し、もう一度上目に見間違いでないことを確かめてから、「……琉鹿子さん」と名を呼んだ。


「そっちのふたりはな、近くにある別のコミューンの所属なんだ」と、すかさずヨサクが補足した。「まーちょっと縁があって、ウチにはちょくちょく顔を出してる」

「ハイ」


 雀夜は顔をあげると同時に手をあげた。了解の返事ではなく、質問だ。


「『コミューン』とはなんですか?」

「あー? まぁ、つまり、俺ちゃんたちマスコットの生活グループ……要は、〝群れ〟って感じだな。住んでる拠点きょてんのことは正確には『ネスト』って呼び分ける。うちは二匹しかいねーけど、でかいとこで百匹越えてんのも――」

「ハイ」雀夜はまた手をあげた。


「マスコットとは?」

「おりぃ? そっから?」

「ちょっと、ユウキくん?」


 面食らった声をあげたヨサクの隣りで、キッカが険のある声と目を別方向へ向ける。視線の先では白スーツを着た大きな体が猫背気味に体を丸めていて、雀夜以外にはまだまれずちゃぶ台に出されただけの不ぞろいな湯呑ゆのみのすき間をうように目を泳がせていた。


「じ、実は、その……うまく、説明できてなくて……」

「できてないって……じゃあ、まさか!?」


 キッカの声に険が増すと同時におののきが加算される。ヨサクも気まずげで、華灯もオロオロとしていた。

 沈黙が圧力を増して視線を集めつづけるうち、ユウキの口から砂をしぼったような声が切れ切れにもれた。


「まだ、契約、できてない…………です……」


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