1-3-b 身寄りはありませんが?
以降、白い沈黙が続いた。いや、実は二秒と続かなかったが、その場にいる誰もが夜明けまでこの場は凍りつくだろうと予感した。最初に悲鳴じみた声をあげたのはヨサクで、次に
「アチャー。じゃあ、さっきのド底辺スカウトって、本気かー」
「それどころじゃないでしょう? 未契約で、連れ帰るなんて……」
「ド底辺スカウト……」
「あー、ユウキぃ?
「
「あの」
より深く背中を丸めはじめたユウキに、大人ふたりが言葉で詰め寄っていく。それをさえぎって制したのは、若さのわりに低く重みのある声だった。
「契約、とやらはまだですが、ここに置いていただけるのであればなんでもする、とはお伝えしてあります」
ヨサクとキッカがそろって雀夜を見た。表情もまた同じように目が点になったものだったが、しばらくすると徐々に崩れはじめ、ヨサクは半分なにか得心したようなあきれ顔に、キッカはまだ少し怒っているような困り顔になった。
「はー……なるほどな」
「なんでも、って……」
「……だいいち」
そのふたりがふたりなりの反応を声に出したところで、雀夜がふたたび口をはさんだ。
「夜ふけも近い時間に知らない人たちばかりの場所までノコノコついてきておいて、なにも起こらないと思っていた、なんて通るとは思いませんが」
「す、すげえ正論っ……!?」
「せ、正論でいいのかしらっ……!?」
「未成年なので微妙ではあります」
うろたえるふたりの前で、雀夜は真顔のまま自分の意見の穴を自分で指摘する。それもまたなんだか
「まーとりあえず、
「……任せるわ。あなたのコミューンだし」
目で水を向けられたキッカはどっと疲れを顔に見せて、前髪の裏の汗を払う。ヨサクは気を取り直した表情で、改めて
「うし。じゃあ、嬢ちゃ――あー、雀夜ちゃんでいい?」
「はい。お好きに」
「じゃー、雀夜ちゃん。先にだな、もうユウキに言ったかもしんねえけど、できたらもっかい、そっちの事情を聞かしてもらっていいかな?」
「夜逃げです」
雀夜はまるで職業を答えるように答えた。
「父が。帰ってこないと思っていたら、自宅を差し押さえられました。どうも事業に失敗し、
「げ。
「一応、わたしに借金が回ってこないようにだけは処理がされていました。その代わり、持ち出せたのは自分のカバンと財布だけ。学校も退学手続きがされていて、身寄りも相談先もないまま二週間ほどネットカフェに」
「最悪のパターンは回避、ね。いいや、十分エグいが……」
「サクヤちゃん、かわいそう……」
気まずげに顔をしかめるヨサクの
「じゃーつまり、宿泊費が底をつきそうになって、新しいパパ募集に乗り出した、と……」
「はい。スマートフォンを持たされていなかったので、アルバイトも見つからず」
「連絡先なしの未成年……なるほど。念のため調査は入れるけど、だいたい本当っぽいな。ちなみに、ってことは父子家庭?」
「はい。物心つく頃にはすでに。母についての情報はなにも」
「そっかぁ……」
「わたしは、父の
「……」
沈黙が流れた。
暗い身の上話で緊張が走るにしても妙にぎこちない。聞き手たちの顔が
「ジョークですよ?」
「このタイミングで?」「このタイミングで!?」
思わずヨサクと同じ言葉を叫んだのはキッカだ。雀夜はすかさず「場をなごませようかと」と付け足したが、ますますふたりの顔を引きつらせただけだった。
「ハイ」
すべてをなかったことにするかのように雀夜はまた手をあげてたずねた。
「調査と言われましたが、思っているより大きな集まりなのでしょうか? その……」
雀夜はそこで、お茶くみの続きを始めていた華灯と、手で口を隠してあくびをしている
「――魔法少女、というのは」と付け足して、雀夜はヨサクに視線を戻した。
「あ、ああ。そうな。こんなんでも一応、国の出先機関扱いなんだよ」
「国の?」
雀夜もそれを聞き、さすがに眉をひそめて声を高くした。「だからセクハラ相談窓口もある」とはキッカの冷えた声。ヨサクはそちらは無視して、「あー、つーか、
「一応。試験範囲外だからと、さわりだけで流された気がしますが」
「げっ、マジか。確かにあれを平和教育につなげって言われても困るだろうけどさ……」
「単純に、天界と
おとぎ話ような話が社会科の時間に出てきたことは、悪目立ちしていたので雀夜も覚えていた。この世には、人間が住むこの世界と隣り合うようにして、ほかにふたつの世界が存在しているのだと。
「まあ、それだ。そうだなぁ、そこの話から順に行くか」
「ヨサクちゃん教えるのじょうずだもんねっ」
ヨサクが仕切り直しを宣言すると、
「しゃらくさい」
不意に、その声はした。
とてもそれほどまでに厚い調べを放てそうにはない
「歴史のお勉強? 契約すると、彼女はすでに言っているのでしょう? なら、もう見せてあげればよろしいではありませんか。そのために、こんな非常識な時刻に呼び出したのでしょう?」
「ちょっと、ルカ? そのためって……」
うろたえだしたキッカが琉鹿子に手を伸ばそうとして、ハッと反対隣りの白髪頭を振りかえる。色眼鏡越しに目が合うと、クッキーを
そのやり取りも意に介さず、琉鹿子はまっすぐに雀夜を見た。雀夜の目を。
まるで誘うように、
「
「ちょっと、待ちなさい、ルカ――」
「キラメけるのですよ? わたくしたちは、誰しも。もちろん、あなたも。
「おっ、おーい? いまここでかよ……」
あわてる大人の姿をした者たち。いつの間にか、
琉鹿子が自分の首をなでたとき、そこにはなかったはずのチョーカーが巻かれていた。
黄色いバンドに、白い花のチャーム。チャームの中央には、色の濃いオレンジの宝石がはまっている。
その宝石のふちに、琉鹿子はそっと指をはわせていった。そこにあることを確かめるように。輝きが熱を持ち、指先にそれをうつし取るかのように。
その手を離し、雀夜へ向ける。
熱と輝きを、投げわたすかのように。
「さ。参りましょう、魔法少女の舞台へ……――グロウリィ・アウト。オン・ステイジ」
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