27話 不死者の子孫と怪物ふたり



 ヴァンは目の前に立つ女と、その隣で薄く笑っている男を見て血の気が引いた。二人の出てきた部屋には金さえ払えば何でもやる傭兵団の「赤槍」が入っていったはずだ。その赤槍はいつまで経っても出てくる気配さえなく、殺すように命じたはずの男は何でもない顔をして立っている。


(何故だ、何が起きた……?)


 これまでは何もかもが上手くいっていた。代々受け継がれてきた生きた不気味なミイラは、ミュラー家の始祖であると言われている。その話が事実かどうかはともかく、不可思議な存在であるのは間違いない。そして家の敷地内に生えている、他所では見られないとても変わった果実。この二つをうまく使えば遊んで暮らせる金が手に入ると考えた。

 そしてそれは実際にうまく行った。果実は一年に数房しか実らないが、育てるのに数百年もかかるという学者も興味深く研究に来るような特異性を持っている。それを神の果実と呼び、「ユージン」と呼ばれるミイラはその果実の力で不死を得た存在だと触れ回った。

 果実の値は売れる度に上げていき、しばらく前に望まぬ祝福を返せたという人間がでたことで跳ねあげた。1000ゴールドという大金でも、欲しがる人間はいる。


(そうだ、上手く行っていたんだ。……どこで、間違えたんだ)


 金髪金眼の女、ララが目の前に現れた時は、幸運だと思った。今は枯れ木にしか見えないユージンも、元は金髪金眼であり、天族と関係があると言われていたからだ。この女が傍に居れば話に信ぴょう性が増すし、もっと果実が売れるようになるだろう。それになにより美しいので、自分の妻にしてやってもいいと思ったのだ。

 すでに既婚者で夫がいるのは残念だが、夫を始末すれば手に入れられる。夫が死んだところで、たっぷり催淫香を嗅がせた女を起こせば、彼女の方からヴァンを求めてくるはず。そうして仕方なく相手をしてやったという体で既成事実をつくれば、婚姻も簡単に済むはずだったのに。



「夫を殺そうとした男たちならもう死んでるわよ。人を殺そうとするから、返り討ちにされても仕方がないわ」



 二人が出てきた部屋では赤槍の四人が死んでいるという。そうだというのに顔色一つ変えないララが恐ろしいものに見えた。しかも隣の男も昼と何一つ変わらぬ笑顔でいる。

 この二人は殺されそうになって、その相手を殺したはずだ。それなのに、何故平然としていられるのか。普通ではない。とにかくしらばっくれるしかない。



「し、知りません。私は、なにも」


「その言い訳が通じると思う?」



 睡眠薬を盛ったはずなのに、二人の意識ははっきりしている。おそらく赤槍との会話も訊かれているのだろう。そうとなれば次はどうするべきか。



「しかし、証拠がない。貴方たちを殺人者として、突き出してもいいのですぞ」


「見張りに残している仲間に証言してもらえばいいわ。どうせ全員知っているでしょうから」


「そうだね。情報を吐かせるのは得意だよ。首謀者はこいつだろうから……いっそこっちは殺してしまおうか」



 ノートンという男の顔から笑みが消えた。薄暗い廊下のなかにすとんと表情が抜け落ちた彼の白い顔が浮かぶようだ。そこにある黒い瞳は寒気を覚える程に冷たく、そして――それが、ためらいなく人を殺せる人間の目であることを、理解した。

 赤槍が人を殺した現場を初めて見た時にも感じた寒気を、その時以上に感じる。これは殺気なのだろうか。体が震えてかちかちと奥歯がぶつかる音がする。



「命が惜しかったら、それに見合う価値のあるものを差し出してくれるかな? そうじゃなきゃ、自分を殺そうとした上に、妻まで手籠めにしようとした相手を許せそうにないなぁ」


「……な、なにが……望みで……?」


「神の果実を少し分けてくれたらいいよ。まあ拒絶は出来ないよね、死にたくないなら。……穏便に済むのが一番でしょ?」



 頷くしかなかった。神の果実は一年もあればまた実るのだから、腕利きの傭兵団である赤槍四人を瞬殺できるような相手に逆らうよりは、さっさと渡してしまった方がマシだ。

 二人を神の木の元まで案内する。見張りをしていた残りの赤槍四人が、驚いたようにこちらを見ていた。彼らは今宵何が起きるかを知っていたため、状況が呑み込めないのだろう。



「おいミュラーの旦那、これは一体どういう……」


「企みは失敗して、あの四人は死んでしまった。この二人に、果実を渡す」


「はあ!? 納得できねぇぞ!」



 赤槍の一人がヴァンの背後を睨む。そこには人を殺したにもかかわらず平然と笑う男と、冷たい無表情の女がいるはずだ。ヴァンはその二人に逆らう気などないが、赤槍が殺してくれるならそれでもいい――そう思ったが、飛び出そうとした男の前に別の人間の槍が飛び出て、その動きを止めた。



「おい、やめとけ。……アンタ、プロの殺し屋だな」


「正体を明かす気はないよ」


「ああ、悪い。今のは俺たちの腕じゃ敵わないのが分かったって意味であって、アンタのことを詮索する気はない。……お前ら、手を出すな。死ぬぞ」



 赤槍は総勢八人の傭兵団。その半分を殺されたというのに、統領の男は怒りに駆られる男を諫めた。それだけこのノートンという男が恐ろしいということなのかもしれない。

 とんでもないものを家に招き入れ、しかも怒らせてしまったのだと理解する。赤槍とて名の知れた存在であるはずだ。この男は一人でそれ以上だということか。……抵抗は無駄なのだ。すべてを諦めた。



「……果実を取ったら、さっさと出ていって、ください」



 一刻も早く、自分のテリトリーから出ていってほしい。これ以上の犠牲などいらない。母のユンミはまだ眠っていて何も知らないだろうが、起きたら死体を見て悲鳴をあげるんじゃないだろうか。



「私たちも長居するつもりはないから安心して。じゃあ遠慮なく頂いていくわ」



 金髪のララという女はしばらく神の木を眺め、そうして二房の果実を手に取った。果実はまだ五つほど残っていたがそれで満足したらしい。

 全部持っていかれる覚悟だっただけに拍子抜けした。1000ゴールドで売りつけている物とはいえ、元手はないに等しい。まだ五つも残っているし、これからも実るのだから命に比べれば大した損失ではない。



「俺たちは金さえもらえるなら何でもやるが……あれの正体を見抜けなかったのは、俺たち自身の落ち度でもある。しかし四人も死んだのだから、その分は何らかの対価を払ってもらうぞ」


「ああ、分かってます。金ならありますから。……しかしあれは……あいつらは、なんなんですか」


「あの男は化け物だ。俺なんかよりもよっぽど人を殺し慣れてる。そして、それを微塵も感じさせず、警戒もさせないような……関わっちゃいけねぇ。忘れるのが身のためだ」



 警備に使っていた四人が減ったこと、その分の補償をしなければならないのは確かに痛い。だが統領が怯えを含んだ警戒の目でノートンから目を離さず、冷や汗が頬を伝う姿を見れば、隙を見て仕返しをほしいなどという考えが浮かぶはずもなかった。



「……じゃあ、あの女の方はどう見るんで? あっちだって、普通じゃない」


「……あれはよく分からん。あまり人間らしくない、とは思うが……化生の類かもな」



 夜の月明りに照らされた金髪は、淡い光を帯びているように見えた。確かに彼女の目はあまり人間らしくなかったように思う。目の前に居てもどこか遠くを見ているようで、視線を交わしているはずなのに目が合っていないような。……統領の言うように人外の存在だと言われた方がしっくりくる。


(……まさか、天族の生き残りなのでは……?)


 湧き上がりかけた欲は、殺気のこもった黒い瞳に貫かれたことで萎んだ。世の中には手を出してはならぬものが存在するのだ。

 彼女が本物の天族だとしても、彼女に傷一つ付けまいとする怪物が傍に居る。今日あったことは、忘れるべきなのだろう。



「忘れ物をしたから一度戻ってもいいかしら」


「……どうぞ」


「ありがとう」



 何を頼まれようと断る権利はない。ヴァンはそのまま、二人が家の中に消えていくのを見送った。三十分ほどして荷物をまとめた二人が出ていくまで、家に入ることすらしなかった。

 二人の背中すら見えなくなってようやく息を吐きだす。なんだかどっと疲れてしまった。



「金を払い続ける限りアンタが主人だ。だが、あの二人に報復なんて言われたら契約を切るぞ」


「ああ、分かってますよ。そんな気になんてなれない。金はまた稼げばいいが、死んだら終わりですからね」



 神の果実を欲しがる人間はいくらでもいる。ユージンのミイラさえあれば、いくらでも稼げるだろう。赤槍の統領と今後のことについて暫く話し、ヴァンは自室に戻ってひと眠りした。恐ろしい二人組に殺されかける悪夢を見たが、目を覚ましたら夢であったことにほっとする。



「ヴァン、大変だよ……!」


「ああ、母さん……慌てなくていいよ、赤槍たちは……」


「ちがうよ! ユージンが……! ユージンが死んでる!」



 ヴァンはベッドから飛び起きて、ゆりかごに居れているはずのユージンを確認しにいった。昨日までは食事すら与えなくても呼吸をしていたミイラが、息をしなくなっていた。



「なんてことだ……! これじゃ、今まで通りにはいかないぞ!?」


「どうするんだいヴァン!」


「くそっ、どうするっていったって……っ」



 金稼ぎの道具を一つ失ったヴァンは、それが馬車に乗って遠く離れていく二人組の仕業だということにまで頭が回らなかった。神の果実の本当の効果など知らないのだから、当然かもしれない。

 残された神の果実は、いつかただの珍しい果実へと変わるだろう。楽して他人をだまし、金を巻き上げようとする詐欺行為は諦めてまっとうに働けば、少なくともまともに生きていけるはずである。金が尽きる前にその事実にミュラー一家が気づくかどうかは、彼ら次第だが。



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