26話 不死の魔女と陰謀の夜
ミュラー家で夜を迎えた。用意された部屋は二つで、私とノクスの部屋は分けられている。夫婦と紹介しているのに別室なのは珍しいと思ったが、客室のベッドが一人用だからとのことだ。一応隣の部屋ではあるので、何かあれば分かるだろう。
手記の内容は序盤だけを解読したことにして、ユージンが天族であるのは間違いないと伝えた。何日かここに居座って果実を手に入れる方法を考える必要があるので、実際は読み終わっていてもこうして引き延ばしているのだ。それでもヴァンは大発見だと喜んで、そのおかげか夕食は豪華なものが出てきた。
「さあどうぞ召し上がって、旅の疲れを癒してください」
この家には立派な食堂があり、私たちはそこに招かれた。大きなテーブルに座っているのは四人。私とノクスが並び、向かいの席にはヴァンとその母親である老女のユンミが座っている。ユージンはいない。どこかの部屋で寝かされているのだろうか。
夜でも室内は十分に明るい。ガス灯というものを使っているらしい。都会の方では電気という別の力で明かりがついていたが、どちらにせよ私には馴染みのないものなので、夜が明るいことにいまだに驚いてしまう。
(森ではろうそくだったものね……ほんと、文明の進化に驚くばかりよ。顔には出せないけど)
出された食事はこの家で雇っている料理人が作ったものだという。それも見たことのないような料理で、この地方の郷土料理なのか高級料理なのかも判断ができない。豪華さに驚いたような反応をしていただくのみである。
香辛料をふんだんに使った、寒い地方特有の体の温まる料理だ。味は悪くないのだが食事に、何か混ぜられていることに気づいた。
(これは……睡眠薬かしら。あまり効かないと思うけど、一応あとで解毒しておきましょう。たしか材料はそろってるわよね)
私は自分にあらゆる薬を試してきた。致死に至ると回復するが、死なずとも元から傷や病などすぐ治る体であり、致死毒以外は解毒が早く効きにくいのである。たとえば指を落としても物理的にくっつければ十秒程度で繋がるし、翌日になれば綺麗さっぱり治っている。悪いものを食べて腹痛を感じたら三十分後には症状が消えている、という感じだ。
「ララ、すごい料理だね」
「ええ、ノートン。こんな食事は初めてね」
「うん。特別な味がするよ。今夜はいい夢が見られそうだなぁ」
妙な言い回しをしてくるのでどうやらノクスも薬の混入に気づいているし、彼の食事にも同じものが混ぜられているようだ。ノクスの分も解毒薬を作る必要があるだろう。
気づかないフリで食事を終え、ヴァンとユミンに見送られて部屋に戻る。ノクスはそのまま私の部屋についてきた。暖炉にはすでに火が入れられており、温かい。しかし妙に甘い香りがする。
「……催淫香まで……なんというか、分かりやすいわね」
睡眠薬と催淫香。もし私が目を覚ましても抵抗しないように、ということだろうか。一応夫婦という設定で訪れているはずだが、その妻の方に手を出すのは問題にならないのか。今、外の世界のルールはどうなっているのだろう。
「……寒いけど窓開けようか」
「そうね」
せっかく温かい部屋だったが窓を開けて換気をした。寒いが暖炉の火も消してしまう。この中に原因となる香が混ざっているはずだが、それだけ取りだすのは難しいからだ。
だが雪も降る中で窓を開け暖炉の火も使わないとなるとかなり寒い。指先がかじかんで調合もしにくくなるだろう。
「荷物もって俺の部屋の方にくる?」
「そうね……そうしましょうか」
おそらくノクスの部屋に催淫香は焚かれていないと考え、窓を閉めてから移動した。そして思った通り、彼の部屋は暖かいだけだ。持ってきた荷物を広げてすぐに調合をはじめる。
口にした睡眠薬の材料を思い浮かべながらそれを打ち消すものを作った。旅の道中でいろいろ薬草を集めていたので、それが役に立っている。収集癖もなかなか役に立つものだ。
「はい。不味いわよ」
「……君が飲む前からそう言うってことは相当だね」
一応飲みやすいように丸めてみたが、乾燥させて丸薬にするまでの時間はない。部屋に用意されていた水と共にそれを飲み込んだノクスは、顔をしかめている。
彼は幼い頃、酷い環境にいた。まともな食事もとっておらず、不味い物でも顔色一つ変えず食べられるような子だった。私と暮らすようになり環境が変わったからか、不味い物は不味いと感じるようになったらしい。……いい変化だと思う。
私も同じものを口にする。酷い味だったのでごくごくと水を飲みほして口の中に残る味を流そうとしたが、苦みとえぐみが残って消えなかった。
「君を欲しがってるってことは、俺は殺すつもりなのかもしれないね」
「……何よそれ」
「まあ、もう少し待ってみたら分かるよ。ああでもララニカはもう寝る時間だから眠いかな」
「この薬を飲んだらしばらくは眠れないわよ。……まだ口の中にえぐみを感じるわ」
ろうそくをあまり使わないようにするため、森では日が沈んだらできるだけ早く寝ていた。早寝早起きが基本的な私の生活スタイルだ。
しかし今飲んだこれは気付け薬でもある。強制的に意識が覚醒に持っていかれる味と臭いで、しばらく眠れそうにない。
「もしヴァンに襲われてもこの状態でキスなんてしたら相手が吐くんじゃないの」
「……同じ薬を飲んでいれば同じ味だから俺なら大丈夫かも?」
「貴方とのキスがこんな不味い味なのは嫌よ」
ノクスが驚いた顔で私を見てきた。今の発言はノクスとのキス自体を嫌がっていないという意味だし、そう言ったことに自分でも驚いてつい口を塞ぐ。……たしかに嫌ではないのだが。私の気持ちは、祝福を返してから伝えるつもりなのだ。それが少し漏れてしまった。
「ララニカ、君……」
ノクスは何か言いかけたがすぐに険しい顔をして廊下の方に目を向けた。人の気配が近づいてきているのは私の気づいたので、互いに目を合わせて頷く。
無言のまま私はベッドの下に潜り込み、息を潜めた。ノクスはベッドの上に寝転がって眠ったフリをするようだ。これで様子を窺っていれば相手の目的が知れるというものである。
しばらくすると静かに扉が開き、複数の足が部屋の中に入ってくるのが見えた。長い槍を持っているのが見えるのでおそらく果実の見張りをしていた「赤槍」である。
「眠っているか?」
「薬を飲ませたんだから、死んでも目など覚まさないよ。早く始末してくれ、夫が死なないと妻は娶れない」
「分かった。外で待っていろ。報酬は弾めよ」
「もちろんさ」
ヴァンと赤槍のうちの一人が小声で話している。その内容にため息を吐きたくなったが堪えた。なるほど、他人の妻を手に入れるために夫を殺そうという算段。そして妻にはさっさと既成事実を作って無理やり娶ろうという計画なのだ。
(でも、何故私をそんなに欲しがるのかしら。……天族らしい、容姿だから?)
ヴァンが私を見る目には好意などない。ノクスの目を見慣れているからこそ、それだけは間違いないと分かる。となれば金儲けに利用したいと考えるのが自然で、髪を見せてから態度が変わったことを考えるに金髪というステータスが欲しいのだろう。この家系にはヴァンのように金髪が生まれるし、それが天族の子孫の証だから、とか。……しかし本当にそんなことで人を殺すのだろうか。
部屋の中に残った足の数は八本、つまり四人の人間がいる。彼らは足音をできるだけ立てないようにこちらに歩いてくるが、床が軋む音が響いていた。私やノクスならその音は立てないので、経験が浅いようだ。
「っぁ……?」
「え、ぐっ……」
「人を殺すなら、自分も殺される覚悟をしないといけないよ。……もう聞こえてないか」
二人が物言わず倒れ、もう二人は殆ど声を上げる前に崩れ落ちる。……ノクスが人を殺す瞬間を、初めて見た。しかしそれを責める気にはなれない。そうしなければ今、彼は殺されていただろう。
人を殺そうとする者には自分も殺される覚悟が必要となる。ノクスにもその覚悟があるからこその言葉なのか。
(殺さなければ殺される。……だから悪人を殺すのは仕方のないこと、なのかしらね……)
これは弱肉強食の世界に似ている。人を殺そうとする悪人に殺されないために、相手を殺す。防衛手段として効果的だし、勝てれば殺されることは絶対にないのだ。
ベッドの下から這い出ると目の前に手を差し出された。その手を取って立ち上がったが、少し不安そうに私を見下ろす黒い瞳と目が合う。
「……大丈夫よ。貴方が殺されなくて、よかった」
「……うん」
命は尊いもの。私がそう思っているからこそノクスは人を殺した瞬間を見られ、不安に思ったのだろう。彼の手はすでに何人もの命を奪っている。そうだと分かっていても、私は彼の手を離す気はなかった。
「ヴァンと話をしに行きましょうか。……こちらを殺そうとしたのだもの。神の実の一つや二つ、安い対価よね」
「そうだね、脅しなら任せて」
脳天を貫かれ、床に倒れた四人に軽く黙祷してから部屋を出た。遅いぞと言わんばかりの不満顔でこちらを見たヴァンは、私たちを見て驚愕の表情を浮かべる。
「こんばんは。何か言い訳があるなら聞くけど?」
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