24話 不死の魔女と神の木



 北方の村、ドガル。そこが私たちの目的の村であり、神の果実があるという場所だった。

 ノクスの拠点から鉄道で移動し、飛行船というもので空を飛び、また鉄道に乗って最後には馬車で移動して、なんだかんだ森を出てから一月近く経っている。北方の地は一足早い冬の訪れにあい、空からちらちらと雪が舞っていた。



「寒いわね」


「うん。ちゃんと着こまないとだめだよ、ララニカ」


「私よりも貴方でしょ。傷、まだ治ってないじゃない」



 しっかり休んでいれば今頃完治しているだろうノクスの傷は、まだ治りきっていない。やはり旅をすればそれだけ体に負担がかかるものだ。しかし休ませようとしても師の言葉に耳を傾けない頑固な弟子は「俺の時間は有限だから」と言って聞かなった。

 もしこの噂の果実が全く役に立たなければ、また新たな手掛かりを探しに行かなければならない。無駄足に終わる可能性を考えれば、休んでいる時間がもったいないと。


(時間の大切さを教えたのは私だけど……身体も大事にするように言ったはずなのに。都合のいいように解釈するんだから……)


 じとりと弟子を睨んでみるが、そんな私の視線を受けたノクスは何故か嬉しそうにするので効果はないらしい。



「心配してくれてありがとう。でもほら、ようやく目的地だ。村の中でも小高い丘にある家が見える? あそこに例の木があるよ」



 ドガルは辺鄙な村である。ここに来るまでにあちこち見たおかげで、都会と田舎の発展の違いというものを理解した。その中でもここはかなり発展の遅れた、地方の村であるはずなのだが――その割には人が多かった。

 ノクスが指した丘の上の家。そこに向かっているのは私たちだけではなく、乗り合いの馬車に居た十人程度の客も同じである。他にも丘の上の家の周囲には十数人集まっているように見えるし、その服装もまた旅人風だ。この村の人間ではないだろう。



「皆目的は同じ、という訳ね」


「そうだろうね」



 丘を登り辿り着いた先で、人だかりができている。私たちもそちらへ向かえば、高らかに話す男の声がした。



「私こそは不死者ユージンの子孫、ヴァン=ミュラー。神の果実は天族がユージンへともたらした、奇跡の果実なのであります」



 聞こえてきた話に驚いて一度足が止まった。しかしすぐに何かに急かされるように、私は人込みをかき分けて前に出る。この話をしているヴァンという男の顔を確認した。

 その顔は全く見覚えのないものではあったし、ユージンの面影などありはしない。しかし彼の金色の髪は、確かに私たちの一族の特徴のひとつだった。……ユージンと別れたのは九百年前だ。その長い期間の子孫であれば別の血が混じって、似ていないのも当然ではある。


(本当にユージンの子孫? でも、私たちは不老不死である限り、子供は為せないはず……)


 じっとヴァンの顔を見つめる。年齢は三十代半ばといったところだろうか。少なくとも彼自身が不老不死であることはない。そのまま彼が得意げに話す内容を聞く。



「この果実の力でユージンは不死の力を得て、八百年経つ今も確かに生きています。こちらが、我が祖ユージン=ミュラー。老齢のため会話ができませんが、皆さまにご挨拶を」



 家の中から老婆が乳母車を押して現れた。しかしその乳母車に載せられていたのは赤子ではなく、干からびたミイラのような老人である。誰かが息を飲む音が聞こえた。

 どうぞ近くに寄って挨拶をしてあげてください、とそんなことを言うヴァンの言葉に周囲がざわつく中、私は前に出た。後ろからついてくる静かな気配はノクスのものだ。



「私がご挨拶しても?」


「ええ……もうほとんど耳も聞こえていないでしょうが、我が祖たるユージン様も喜びます……」



 老婆はヴァンの母親なのだろうか。彼女もまたユージンの子孫であるという。私は一つ深呼吸をしてからその乳母車を覗き込んだ。私が知っている、私を突き落とした男の顔は、そこにはない。そこに居るのはもう人の形を保つのがやっとであるような、干からびた老人である。


(……でも、貴方なのね。ユージン……)


 ユージンの顔には特徴があった。彼には口元に二つの連なるようなほくろがあった。一つが大きく、隣にもう一つ小さなほくろが並んでいる。その特徴が、このミイラのような老人にはあった。金の髪はすっかり白くなって、目も開けられないようだから瞳の色も分からない。しかし彼はユージンであろう。……私以外にも、生きている天族が残っていたなんて。

 私に続いてこのミイラの生死を確認しようという人々が寄ってきたため、彼から離れた。ついでに少し集団からも距離を取る。私についてくるのはノクスだけだ。


(何故、ユージンはあんなに老いたのかしら。それでも生きているということは、不死であるのは間違いないけれど……不老ではなくなっている)


 故郷に住んでいた時はユージンも年を取っていなかったし、百年ほどの変わらない時に飽きたから、私たちも結婚して外に出ようという話になったのだから。

 しかし今の彼は今にも死にそうな状態で生き続けるミイラのような老人だ。一体何があったのだろうか。私たちの祝福は不老不死という力だったはずなのに。


(……私たちに与えられた祝福は、元々二つだった? 不老と不死は別々の祝福で……ユージンは何故か、不老の祝福だけを返した。でもなんでそんなことを?)


 無言で考え込んでみるが情報が足りない。そもそもユージンは私を裏切って突き落とした後、別の女性と結婚したのだと思っていた。しかしその相手の女性はどこへ行ったのだろうか。……もっと情報が欲しい。



「ユージンのことは皆さま信じていただけたでしょうか。実はここに、彼が書き残した八百年前の手記があります。あまりにも古い言葉なので殆ど解読はできませんが、彼が願いを叶えるために育て続けた木のことだけは、理解できました。それがあちらです」



 柵で厳重に覆われた、ノクスの背丈と同じくらいの若木。槍を持った見張りで覆われて見えなかったのだが、ヴァンの合図で彼らが退いたことでその姿が見えるようになった。

 私の知る木と比べればとても小さい。しかしそこに実る黄色の果実は、確かに私が欲しいと願い続けた“最期の果実”だった。

 思わず飛び出しそうになった私の肩をノクスが押さえる。おかげで冷静になった。……ここで飛び出して、あれを手に入れるのは難しい。何か方法を考えなければならない。



「あの果実は大変貴重なため、1000ゴールドからお譲りします。お求めの際はこのヴァンへとお話しください。ああ、そうそう。盗もうとしても無駄ですよ。今まで何人もそのような輩はおりましたが、すべて“赤槍”の皆様の贄となりましたのでね」



 赤槍が何かは知らないが、あの果実を守っている槍の集団のことだろう。腕の立つ傭兵団か何かなのかもしれない。

 金銭感覚がずれている私にはゴールドという単位ですらいまいち分からないが、1000ゴールドが大変に高価な値段だということは周囲の反応で分かった。きっと普通の人間が払える額ではないのだろう。

 一人ずつ仕留めて奪う、ということはできなくもないがその選択肢はなかった。私は、自分が死ぬために誰かを殺す気はない。それに、もう少しこのミュラー家について知りたい。



「どうするの?」


「その前にちょっと訊きたいのだけど……1000ゴールドってどれくらいの価値?」


「うーん……平民なら一生お目にかからないかな。お金持った貴族なら高いけど手を出せるくらい? 俺なら払えるよ。あれ、欲しいんでしょう?」



 お金の単位はブロンズから始まり、100ブロンズで1シルバーへ、100シルバーで1ゴールドへと変わっていくらしい。30シルバーあれば大人一人の一か月分の生活費になるという。そう考えれば1000ゴールドというのは大変な価格であり、それが払えるというノクスにも驚きだがそんな資金を彼に出させるというのはさすがに考えられない。

 そもそもは、私が奪われた私の“最後の果実”だ。……返してもらうだけである。こちらから何か出す必要はない。隙を見て盗むか、快く譲ってもらうかだ。そうなるとミュラー家に近づく理由がほしい。



「説得できないか、ちょっと話してみるわ。あの手記、私なら読めると思うのよね」


「そっか。危なくなったら守るから」


「……怪我人は無理しちゃだめよ」



 周囲の人間はしばらくざわついていたが、やがて解散していく。ヴァンに価格交渉をしていた者もいたがすげなく追い返され、この場に残るのは私とノクスだけとなった。



「貴方たちも何かお話しが?」


「ええ。私、古い文字が読めると思うの。ユージンの手記を見せてもらえないかしら」


「……ほう? しかし、顔も見せない相手に大事な手記を渡すというのは少し……」


「あら、ごめんなさい。確かに失礼だったわ」



 ノクスが買ってくれた帽子を被ると、私より背の高い人間からすればこの顔は殆ど見えなくなるようだ。髪も中にしまえるようになっていて、目立つ金髪も隠している。ヴァンが私を不審そうに見るのは当然だった。

 帽子を取って流れ出た髪を軽く背中に流し、もう一度彼に向き直る。



「私はララ。こちらは夫のノートン。私たちは各地の伝承なんかを調べて回ってるんだけど……その手記にも興味があって。もしよかったら見せてもらえないかしら」


「妻は好奇心が抑えられない人で、すみません。無理だったら断ってもらって構わないですよ。ただ、もしユージンのことを知りたいなら力になれるかも」



 隣ではノクスが人好きのする笑みを浮かべているはずである。しかしヴァンは、私に視線が釘付けになり、その鳶色の瞳には――まるで私をおもちゃにした貴族のような、欲深く濁った光を宿していた。


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