23話 不死の魔女と暗殺者の家



 鉄道は夜でも走り続けることができるらしく、翌朝には目的の町へと着いた。しかしすぐにその町を出てしばらく歩き、町が見えなくなったところで森に入っていく。その森の深い場所に、ノクスの拠点はあった。

 森の中のその拠点の内装が、どことなく既視感のあるもので私まで安心してしまう。


(……ノクスにとっての家のイメージが、私の家なのね)


 木製のテーブルや椅子、ロモコモヤギの毛布がかかった大きなベッドなど。全く同じではないのだが、自分の家を連想するくらいには似ている家具と雰囲気だ。



「ここで数日休んだら噂の村に向かおう。二、三日で大丈夫だと思う」


「貴方の回復力は大したものよね。……でもまだ無茶しちゃ駄目よ」


「うん、分かってる」



 自然と椅子に腰を下ろす。テーブルと椅子の配置が我が家とよく似ているため、いつも自分が座っている方の椅子に座ってしまった。ノクスも向かいに座ったため、初めて来た場所なのに見慣れたような光景で妙に落ち着いてしまう。



「貴方が休んでる間に私は狩りでもしてきましょうか。使い慣れた弓は置いてきてしまったんだけど、何かあるかしら?」


「んー……じゃあクロスボウを使ってみる?」


「……ああ、あの変わった形の弓ね」



 自分で作れないので使ってはいないのだが、自力で弦を引きながら矢を定める弓と違い、あらかじめ弦を引いておくことができ、狙いを定めたら即座に放つことができるという弓だったはずだ。

 ノクスが奥の部屋からそれを持ってきた。随分小さい形をしていることに驚きつつ、それを観察する。



「俺は自分で弓を引いた方が強い矢が放てるからあんまり使わないけど、ララニカはそっちの方が強いと思うよ」


「……ちょっと試し打ちしてみるわ。使い方を教えてくれる?」


「うん。簡単だよ。ここに矢を乗せて、こうやって引いて、ここを押せば矢が飛び出る」



 ノクスからクロスボウの扱いを学び、外で近くの木を的にして練習してみた。深々と木の幹に突き刺さるどころか貫通した矢の威力に驚く。これならクマの分厚い頭蓋骨でも貫けるのではないだろうか。



「持ち運びも便利だしすごいわね…私の知ってるものとは全く別だわ。こんなに小さくなかったし、威力も無かったと思うけど……」


「技術の進歩だよ。……ここは熊は出ないけど、猪はいるから気をつけて」


「私が一体何年狩人をやってると思ってるのよ。森で油断はしない、大丈夫。それより貴方は薬を飲んで休んでるのよ?」


「うん、分かってる。……じゃあ行ってらっしゃい」



 ノクスに送り出されて森に入った。戻れるように目印をつけつつ進み、見つけた兎を狩って戻る。戻りながら目印の紐を回収し、滋養のある薬草や山菜も集めた。この森は私の暮らしていた森に近い生態のようで、見慣れた植物を多く見かける。


(……ノクスがここを選んだ理由はそれなのかしら。よく知っているものが多い方が、暮らしやすいし……)


 しかしきっと、それだけが理由では無い。森を出た彼が、私と暮らしていた森とよく似た場所を選び、似たような家を作っているのだ。

 まるで代わりを求めるようだと思った。空いた穴を埋めるために、似たものを探してそこに詰めているような印象を受ける。……そうだとすれば、穴を空けたのは私だろう。


 無事に拠点に戻ると拠点の前にテントが張られていた。どう考えても休めと言い含めたはずの人間が行動したとしか思えない。犯人はもう外にはおらず、室内にいるようなので早足に扉へと向かう。



「ちょっと、休んでなさいと言ったでしょう」


「おかえり。ちゃんと休んでたよ」


「私の基準でこれを休んでるとは言わないわ。傷口開いてないでしょうね」



 家の中でも何かしていたようで、窓が開けられていても独特のにおいがする。何があったのかと思って周囲を確認したが、奥の部屋で奇妙なものが干されていた。そちらを見ているとノクスが「それは写真になるんだよ」と笑って言う。



「ほら、この前のはダメになったから。ここにいるうちにやっとこうと思って。時間もかかるから早くしたかったし」



 そんなのまた今度でいい、と言いそうになったけれど彼がこの旅を終えてここに戻ってくる時には、私がいない可能性を考えているのではないかと気づいた。ノクスの写真を欲しがったのは私なので、文句を言うのは諦める。

 私のために間に合わせようとしてくれていたのだろう。それを責める気にはなれなかった。

 


「……じゃあ外のテントは何?」


「ララニカと同じベッドに寝るわけにはいかないから、俺は外で寝るよ」


「怪我人はベッドで寝なさい。私が外を使うわよ」


「それじゃ俺が気になって休めないよ」



 しばし押し問答が続いたが、ノクスは折れなかった。埒が明かないと一旦話を切り上げ、どうにかノクスをベッドで寝かせるための案を考える。時間がもったいないので兎を捌いて食事を作りながら、だ。

 何だかんだ使ったのは普段の食材と変わらないせいか、出来あがったのは馴染み深い森の恵みのごった煮スープである。煮込まれた兎肉が柔らかくて美味しい。



「ララニカが作ると美味しいんだよね。……何が違うんだろう」


「年季が入ってるからじゃない?」



 二人でそのスープと、期限が近いからといってノクスが棚から出した保存食で食事を摂った。缶詰の保存食は私の家にも時々持ち込まれていたため、本当にいつも通りの食事である。



「それで、さっきの話の続きだけど」


「……俺は外で寝るからね」


「貴方を薬で眠らせてから私もベッドに入るわ。それならいいでしょう?」


 

 ノクスがぴたりと固まった。彼が私と同じベッドで寝たくないのは、恋愛感情に付随する欲が抑え切れなくなったら困るという理由である。それなら意識のない状態にしてしまえばいいのだ。眠っていれば感情が揺さぶられることも欲を覚えることもない。



「いや、でも……起きたときとか」


「私が薬の効果時間を間違うと思う?」


「……思わないけどさ。でもララニカ……俺のことなんだと思ってるの」


「貴方を薬で昏倒させてテントを使ってもいいのよ。これでも貴方の意思を尊重してるつもりだけど」



 悶々と悩んでいるらしいノクスを眺める。ノクスのことを何だと思っているのか、尋ねられて少し考えた。


(……馬鹿だと思ってるわよ)


 不老不死の魔女に惚れて、その魔女の願いである死を与えるために殺す方法を十年も探し続けた。死にもしない不死の体を庇って自分が死にかけるような馬鹿である。……そして私は、そんな彼に心惹かれる馬鹿な魔女といったところだ。


(一緒に眠れるのはこれが最後かもしれないんだから……少しくらい、いいでしょう)


 彼を子供だとは思っていないし、なんでもない相手とも思っていない。変なことをするつもりはないし、ただもう少し近くに居たいと願っただけだ。旅の終わりの結末が分からないのだから、このような気分になったとしても仕方がないだろう。



「…………仕方ない。それなら、なんとか」


「よかったわ。無理に薬を盛ることにならなくて」


「……ララニカも曲がらないよね」


「貴方も同じでしょう。誰に似たのかしら」


「目の前の師匠かなぁ」



 ノクスは苦笑しながら私を見ていた。そして漆黒の瞳に映る私も同じように苦笑していた。私たちは案外似ているのかもしれない。いや、だとすれば彼が私に似て育ったのだろうか。ノクスを育てたのは、私なのだから。


 三日後、私たちはこの拠点を発った。出来上がった互いの写真は、拠点に置いてきた。もし、またここに戻ることがあるなら――二人で撮ろうと、言ってみるつもりだ。



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