15話 暗殺者の仕事2


 盗賊団が拠点としているのは町を出て西に進んだ場所にある洞窟だ。天然の洞窟で、出入りできる穴が二つあり通り抜けができるようになっているようだ。まずは見つからぬよう片方の穴に仕掛けをして、いつでも塞げるようにしておく。

 そのあとは拠点から離れた場所で組織の人間を捕まえて情報を吐かせる。それに役立ったのは酒場の看板娘だった。仕事終わり、明け方に人気のない道を帰る彼女が攫われそうになってくれたため、その場に現れた四人の男のうち三人を殺し、一人を生かして捕える。看板娘の方は恐怖で気絶していたので放置した。盗賊団はこれから消滅するので、道に寝ていたとしてもそう危険はないだろう。


 捕まえて逃げられぬよう拘束した男を町の外に連れ出し、人目につかない茂みへと連れ込む。何をされるのかと怯える男に見つめられながらノクスは懐から薬瓶を取り出した。



「俺、拷問苦手なんだよね。楽に死なせる方法をずっと研究してたからさ」


「ひっ……」


「君の仲間は一瞬で何が起きたか分かってない顔してたよね。俺、苦しませずに殺すの上手いでしょ?」



 ノクスが人殺しの技を身に着けたのは、ただララニカに穏やかな死を与えるため。人間を甚振る方法はそれに必要ないため、知識としてあっても実践したことはなかった。

 聞きたい情報があれば拷問以外の方法を使えばいい。ノクスにその方法を教えてくれたのは、やはり師であるララニカだ。


(自他が曖昧になるくらい、強力な自白剤、催眠薬……現代じゃ禁止されて、作り方も記録から葬られてるような代物だ。ほんと、ララニカはすごい)


 自分を指導した師の誇らしさで笑み崩れているだけなのに、捕えた男はガタガタと震えていた。そんな薬を使って男から拠点の情報や構成人数などを聞き出す。一応販売ルートなども確認してみたが、こういった闇の市場へのルートはいくらつぶしても無駄なので、依頼でもない限りは触る気はない。

 「正義の執行者」などと言われているノクスだが、売り飛ばされた先まで被害者を追って助けるような正義感はなかった。そんなことをして時間を使っていたらあっという間にノクスの人生が終わってしまう。――ララニカを殺せないまま。それだけは避けなければならない。


(さて、仕事だ。これが終わったら祝福を解けそうな噂がないか調べないと)


 明け方の、空が白み始めたこの時間帯は殆どのメンバーが眠りについている。見張り交代のため数人が起きだすが、出入り口の穴に誰もいなくなる時間が数分ある。そして捕らえ役の四人以外は全員拠点に留まっているという。少なくとも自白した男はそう思っているのは間違いない。もし誰かに逃げられた時のために使い道がありそうなその男は、気絶させてきつく拘束した状態で放置し、拠点の洞窟に向かった。

 あらかじめ仕掛けておいた火薬を爆発させ、まず洞窟の片方の逃げ道を塞ぐ。そうすれば出口は一つだけだ。あとは残った出入口で待ち伏せ、外を確認しようと出てくる人間を一人ずつ始末していく。



「一体なんだってんっ……」


「あ? おいどうしっ……」



 頭を貫く一矢。常人を超えるノクスの筋力で扱うそれは、一般的な弓矢の威力とは隔絶したものだ。銃と違い音もほとんどしないため気づかれにくいのも優れた点だろう。しかし暫くすると洞窟の入り口に積み重なる頭部を貫かれた遺体を見た数人が洞窟内に逃げ込んで出てこなくなったため、これ以上は狩れないと判断し弓をしまった。

 次は洞窟内に睡眠効果のある香を焚いて、こちらの入り口は木の板で簡単に塞ぐ。効果時間を待ったら再び開けて、中に入った。


(んー……一応まだ被害者が残ってたか。運がいいね)


 天然の洞窟の中を探索し、倒れている男たちの首を掻き切っていく。眠ったままなので痛みもなく死ねるのだ、悪党の末路としては幸せな方だろう。

 そうして外に捕らえてある男が吐いただけの人数を殺した後、数人の女性が囚われている檻を発見した。そちらの女性たちも眠っていたので、ノクスに気づくことはない。檻の鍵だけ破壊して、自力で脱出できるようにしておく。死体の間を歩いて抜けることになるだろうが、生きるためならそれくらいできるだろう。


(あとは外の男を始末して、終わり)


 洞窟を後にしたノクスは拘束した男も始末して、仲間の死体と同じ場所に置いていった。自分が仕事を完了した証として、一人の死体の分かりやすい場所に十六の数字を刻んでおく。酒場のマスターも言っていたが、この完了の証から「十六番目の死神」と呼ばれることもあるようだ。……恥ずかしい二つ名が多すぎる。


(本当に殺してあげたい人はいつまでも殺せないのに)


 一仕事終えたノクスは宿に帰って一旦睡眠をとった。そろそろ睡眠香から目を覚ました被害女性たちが洞窟を出て、助けを求めに来るだろう。あの犯罪組織が壊滅したことも知られ、町は騒がしくなるに違いない。

 目を覚ました時には町の様子が変わっているはずだと思いながら壁に寄り掛かり、目を閉じる。外出先で――いや、森の外では、熟睡できない。


(……森のにおいがすると……安心してしまうから、ちょうどいい)


 暗殺者には危険が付きまとう。深く眠るのは危険なこと。普段のノクスは決して深い眠りには入らない。しかしそんな彼が唯一、どうしても眠ってしまうのは、ララニカの家だった。ロモコモヤギの毛布をかぶって、ララニカの温度と彼女から香る森の匂いを感じながら目を閉じると、驚くほど深く眠ってしまう。

 暗殺者になって眠りをコントロールできるようになったはずのノクスは一度、彼女の家でそれを経験して驚いた。あの場所にはノクスの安心できる要素がすべて詰まっているのだろう。それ以降は決してあのベッドで眠らなくなったのだ。


 ――やがて窓の外から聞こえてくる喧騒で、ノクスは目を覚ました。日はすでに高く昇っている。装備の点検や道具の手入れでもしようと壁から体を離し、ベッドを降りる。

 これが終わったらまた情報収集だ。今度は、個人的な仕事のために。日が暮れたら酒場へと向かう。



「おお、兄ちゃんまたきたな」


「やあマスター。なんだか……みんなすごく明るいね」


「ははーん。兄ちゃん、さてはまだ聞いてないんだな?」


「え、何? 俺が二日酔いで苦しんでる間に何かあったの?」



 ノクスの言葉に大笑いしたマスターは、人さらいの一味が壊滅したことを嬉しそうに語った。十六番目の死神がやってくれたのだと、自慢げに話している。彼は依頼者のうちの一人なのだろうが、彼が誇らしげにする意味はいまいち分からない。



「せっかく盛り上がってるのにあまり長居出来ないのが残念だな」


「なんだ、どこか行くのか?」


「うん。実は祝福に関する噂を追っててね。あちこち行って面白い話を集めてるんだ。マスターも何か知らない?」


「そうだな……ああ、この前面白い話を聞いたぞ」



 上機嫌のマスターは、この町を訪れた別の旅人から聞いた話だと言って教えてくれた。ここからさらに北へ、鉄道の終点から馬車で移動すること十日の村。そこには特別な"神の木"が存在するという。



「なんでもその木の実を食べると願いが叶うんだと。実際、そこには不死の人間がいるとか――」



 パキン。ノクスの手の内から甲高い音が響き、マスターはぎょっとしてその音の元を見た。ノクスが握っていたガラスのグラスに亀裂が走り、中の酒が漏れてしまっている。その液体がテーブルとノクスの手袋を濡らした。



「うわ、大丈夫か!?」


「ああ……酒がもったいないね」


「いやそういうことじゃねぇだろ。怪我してないか!? 古くなってたのか、急に割れちまって……」


「大丈夫。布越しだし」



 ノクスの心臓が、落ち着かない速度で鳴っている。人を殺す瞬間にもこんな気分になったことはない。思わず力を籠めすぎてグラスが割れてしまったが、常人の握力でガラス製の分厚いグラスが割れることはないためマスターは何も疑わず、店側の過失だと謝ってくる始末だ。



「でもやっぱり酒がもったいないな……お詫びならさっきの話をツマミに、一杯美味しいのをおごってよ」


「まったく、お前さんはほんとに酒が好きだなぁ……」



 追い求めていたものに、指先がかすめたような気分。ノクスは丁寧にその噂の情報を聞き出すと、彼に別れを告げて店を出た。

 実際にその土地に足を運びそして――自分の目で確認してから、ララニカの元へ戻るべく帰路につく。今までにないほど高鳴る胸、高揚感。それらを押さえつけながらまずは斡旋所のある地下室へ向かい、仕事の報告をした。



「仕事自体は早く終わったのに戻るのが遅かったな。また旅行でもしてたのか」


「まあね」


「……なんか妙に機嫌よさそうだな」


「いいことがあったからね。それよりほかの仕事はある? ないならしばらく留守にするけど」



 長年の夢を叶えられるかもしれない。ノクスの脳裏には喜ぶララニカの顔が浮かんでいる。こんな陰気の塊のような場所でもつい笑ってしまいそうになるくらいにはたしかに、機嫌がよかった。



「んー……魔女殺しの依頼は別のやつが受けたから、今のところお前向きの仕事は……って、十六番……!?」



 それを聞いた途端、ノクスはその場から走り出していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る