14話 暗殺者の仕事
「よう、十六番。相変わらずの活躍だな」
湿気と陰気に満ちた薄暗い地下の一室でニタニタと笑う男がノクスに話しかけてきた。彼は闇の仕事を斡旋する業者の一人で、名をザラーム。どうせ本名ではないが、彼の素性に興味はない。ノクスとてここでは「十六番」と名乗っているのだから。
(ララニカにもらった名前を他人に気やすく呼ばせるものか)
この名を呼ぶのは彼女だけでいい。他の人間に呼ばれたら大事な名前を汚されるようで嫌だ。それに自分を「十六番」と呼ぶ相手には、何の情も持たずに済むということもある。いざとなったら始末することもためらわないだろう。
「新しい依頼が入ってるぜ。なんと、人外殺しだ」
「……何それ?」
「魔女だよ。魔女殺しさ」
ぴくりと眉が動いた。ノクスにとっては聞き捨てならない言葉が出たからだ。そんなノクスの反応を見たザラームは、意外そうに眼を丸くしている。
「お前が驚くなんて珍しいな。何か思い当たることでも?」
「俺のことは詮索しなくていい。……依頼の内容を」
「ああ。サンナンの森を知ってるか? 魔女が住んでるって言われてる森さ」
知っているも何も、ノクスが今も通っている場所だ。何なら先日も行って来たばかりである。その時点で嫌な予感しかしなかったが、無言で顎をしゃくり、話を催促した。
「最近あのあたりで病が流行ってるだろう。魔女の呪いじゃないかって噂になっててな」
「馬鹿らしい」
「ああ、馬鹿らしい。が、追い詰められた人間ってのは原因を求めて憎むもんだぜ」
その依頼は「呪いをまき散らす魔女の暗殺」だった。森の奥に潜む魔女が、自分を追い出した人間たちを呪って謎の病を流行らせたのだという。そんな魔女を正義の執行者である暗殺者に殺してもらいたい、と。
それを聞いたノクスは鼻で笑いそうになった。それは妄想力が逞しすぎるというものだ。
(ララニカは不老不死なだけで他は人間と変わらないし、それ以外の超常的な力はない。……それに、他人を呪えるような人じゃない)
ララニカの壮絶な過去は聞かされている。自分を故郷から突き落として数百年続く彼女の苦しみの原因を作った元婚約者も、彼女を物として所有し弄んだ貴族も、彼女を魔女として拷問にかけ惨殺した民衆も、誰一人として恨んでいないのがララニカという人である。ただ、彼女はすべてを諦めて、生き続けることを選択した――この世で最も、不幸な魔女だ。
「その魔女はいつか俺が殺す予定だけど、今は殺せない。そんなことより俺は北方に向かうつもりなんだけど、そっちの依頼はないの?」
「なんだ、請けないのか。こんな仕事やるのはお前くらいなんだがな……北方なら、一つお前向きのがある。人攫い中心の盗賊団の討伐依頼だな」
「じゃあそれの詳細を」
ザラームから依頼書を受け取り懐にしまった。遠方の仕事を請けながらララニカを殺す方法を、彼女の祝福を解くためのカギを探す。そうしてもう何年も暗殺者をやってきた。まだ二十代の若造と言える年齢でも、こうも上手く行かないと焦りが出てくる。
(世界中のすべてを探し回らないと……どこかにきっと、ララニカを……)
彼女を死なせてあげられるヒントがどこかにあるはずだ。しかし、もしも――どこを探してもその方法が見つからなかったら。そんなことを考えては頭からその思考を追い払う。それは、世界中くまなく探し終えてから考えればいい。
「一月後には戻る」
「おいおい、それじゃ準備期間が足りなくないか? 相手は集団だぞ? いくらお前でも……」
「俺に殺せないのは不死者くらいのものだよ」
ノクスが殺したくても殺せないのは、不死の祝福を持つ人間ただ一人だけだ。
地下室を後にしたノクスは拠点としている隠れ家へと戻った。その石造りの家は、一目には分からぬように森の奥に隠してある。ノクスにとっては一番落ち着く家に近い造りだ。
そこで作業中だったものを確認し、出来上がっていることに安堵してそれを手に取った。
(……本物には敵わないけど……綺麗に撮れてる)
彼女の美しい金色はさすがにモノクロの写真では表現できない。それでもこちらをじっと見つめる、少し呆れたような顔をしたララニカの姿があまりにも自分を見ている彼女そのままで、ノクスはその写真も持っていこうと手に取った。
そしてもう一枚、少しブレた状態の写真。それでも分かるほどに嬉しそうな笑顔の自分が写った一枚も苦笑しながら確認する。
(ララニカの前だと俺ってこんなに笑ってるのか。うーん……恥ずかしいくらい好きがにじみ出てるなぁ……)
ララニカはこの写真が欲しいと言っていたので渡さなければならない。少々気恥ずかしい気もするけれど、どうせこのような顔をいつも見せているのだと思いなおした。二枚の出来上がった写真を懐に収め、遠出の支度をする。
帰って来たらここには戻らずにララニカの元へ向かう可能性もある。一ヶ月も離れたら、写真があったとしても会いに行くのを我慢できないかもしれない。
そうしてノクスは旅立った。飛行船を使えば、目的地のルーデンという町までは一週間もかからない。依頼書によればこの辺りで人攫いが頻発しており、それを行っている組織も周辺に根城を構えているはずとのことだ。
(特産がない割には栄えてる。人の出入りが激しいな。飛行場があって、列車も走ってるなら当然か……しかも領地の境目で貴族の監視が届きにくい。条件がいいってわけだ)
ルーデンの町には飛行船の発着場だけでなく、鉄道も敷かれている。ここから様々な場所へ旅立つ人間、中継地に使う人間、多くの人間が立ち寄る町なのだろう。人の出入りが激しい場所では、住人以外が消えても発覚しにくい。それでも誘拐が浮き彫りになるということは、ターゲットはやりすぎたのだと思う。
まずは情報を集めることが先決だ。大雑把な情報は、にぎわっている酒場などで集めるのがいい。そして酒場に来る人間の話をよく耳にしているのは、マスターか給仕係である。
大きくはないがかなり賑わっている酒場を見つけ、そこに足を踏み入れた。店内はアルコールの匂いと笑い声であふれていて、なかなか洒落た装いで雰囲気がいい。
「こんばんは。店で一番いい酒ちょうだい」
「おう、新顔さんか。若いのに気前がいいな、ちょっと待ってな」
カウンターに座り、にこにこと笑いながらマスターに話しかけた。酒や出される料理、店の内装などを褒めて相手の気分を持ち上げ、自分の印象をよくしてから訊きたいことを尋ねるのがセオリーだ。
「俺、今日この町についたんだけど……最近なんか物騒なんだって?」
「あーそうなんだよ。こっちも困っててな……若い娘が攫われるんだ。旅人だろうと、周辺の町の娘だろうとお構いなしだぜ」
マスターは愚痴を零すように現状を教えてくれた。若い娘たちは攫われてしまうため、暗くなると一人では出歩けないし出歩かせない。最近旅人含めてそう注意喚起がされるようになったからか、昼間でもかどわかしが起きて目撃されるようになり、人攫いの一味もなりふり構わないと言った様子らしい。
「あんたくらい綺麗な男なら、女じゃなくても危ないかもなぁ」
「あはは。俺は腕には自信あるよ」
「そんな細腕で何言ってんだ。強がるのはこれくらい鍛えてからにしな!」
「うーん、マスターには敵わなさそうだなぁ」
丸太のように太い腕で力こぶを作ってくる彼に愛想笑いを浮かべながら、ノクスは香り高い酒を口に運び「美味しい」と零す。正直、酒に酔ったこともなければ酒の美味しさとやらも分からない。魔女の家で飲む、ほんのり冷たい果実のジュースの方がよっぽど美味い。だが酒好きというステータスを掲げていると、酒を売り物にする店主には受けがいい。
「うちの看板娘もいつさらわれるかヒヤヒヤでな。明け方だしもう明るいから大丈夫っつって……最近は昼間でも危ないのによ」
「そっか、それは心配だね。早くその悪いやつらがいなくなればいいけど」
「おう。実はな……この町の人間で金を集めて、凄腕に依頼を出した。知ってるか? 正義の執行者、十六番目の死神の噂」
「ああ……聞いたことはあるよ」
自分の仕事ぶりを褒めるマスターに、何食わぬ顔で相槌を打つ。ララニカなら人殺しを褒めることはないが、外の人間にはノクスの仕事を喜ぶ者も多い。こういった差が目に付いて、常にララニカと外の人間を比べては、やはり好きになれないと確信する。
おおよそ必要な情報を集め終えたので酔ったフリをしながら店を出た。今回はちょうど良さそうな餌もあることだし、そう難しくはないだろう。
(さて……こっちはさっさと終わらせて、個人的な仕事の方を進めたいな)
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