おはようの挨拶②


「ええ。おはよう、凪茶」



 凪茶は顔をあげると満面の笑みを浮かべた。

 綺麗に手入れされた青髪をくまさんを象るようにし、両サイドの高い位置でお団子を作り、身長は私よりも低め。女性の中で平均寄りの身長の私よりも遥かに小さい身長で、今年西條家で行われた健康診断の結果で、144.7cmという異例の結果を叩き出した。

そんな彼女の最大の特徴と言えるのが、彼女が使用する方言、博多弁だ。博多弁は独特の雰囲気や言い回しがとても愛らしく、彼女の容姿と相まって愛らしさが生まれているのは言うまでもない。

 そんな彼女――――山花凪茶は私の専属メイドだ。

 まず初めに私の家は総資産二兆超え、西條コーポレーション。この現在、日本で最も資産を持つ家だ。今、家で一番年上なのは私で、跡取り娘として過激な教育を受けて誕生したのが私。

そんな西條家を支えるために存在するのが山花家だ。高校に上がる頃から本格的に西條家として仕えるものの、様々な事情があり、私と同い歳だった凪茶は物心ついた時から常に一緒だった。

凪茶とは、主人とメイドという立場でありつつも、私は凪茶に対して心を開いていたし、一番近い家族だとも思っている。とはいえ、私の家は特殊。ずっ側仕えとしているつもりだった凪茶は、夏、タイミングで大きな決断を強いられた。



「今日から新生活やなあ!うちもしっかりサポートしゃしぇて頂くけん、これからよろしゅうお願いしますっ」


「えぇ、こちらこそ。着いてきてくれるって言ってくれたの凄く嬉しかったわ」 



 私が少し大きな問題に巻き込まれたのだ。

西條コーポレーションはこの世界において最も影響力がある。だから、私と親密な関係になり、コネをつくっておきたいと思っている人間、私の家のせいで倒産した人がいる家庭が少なからず存在していた。中学は凪茶がいたから、私との接触する人がいなかったということに気づくのが遅すぎたのだ。

高校は名門私立に進学。凪茶は悲しいことに学力が足りずに、私が通っていた高校から一番近い高校に進学。

私は一人ぼっちでの学園生活を始めた。

しかし私の家柄は、ほかの生徒にとって魅力的に映った。凪茶というストッパーが居ないから尚更だろう。私と繋がって自分自身の得にしようと思う人間が増えた。そういう下心がある人間は、嫌という程に丸見えで馴れ馴れしく、仲良くする気は起きず、必然的に一人の時間が増えていった。元々凪茶みたいな明るい性格では無いことから、友達を作るのは得意なタイプじゃないし、どうしても家という名の肩書きが邪魔して人と上手く接せない。

こうして私は孤立していった。

別に孤立することが嫌なわけじゃなく、一人の時間が増え、関わる人が減り、みんなが見て見ぬふりをし始めた。……私が、家を倒産させられたという男子生徒からいじめを受けていたとしても。

 私は誰かにこの件を伝えたわけじゃない。いつの間にかそうなってた。いじめをしていた犯人は退学、学校に居ずらくなった私は転校を決心した。都会という環境から外れたかった私は、他県の山奥にある全寮制の高校に。

 こうして、勉強の環境が変わることによって、凪茶は選択肢を迫られた。

一つ目は、「この家で給仕し続け、元々私と一緒に通っていた学校に引き続き通う」だ。この場合、私の専属メイドという役割を失い、家全体に対して給仕するというイメージになる。私はこの家では嫌われ者だったし、そんな私に仕えてくれた麗も周りから色々言われていたことをよく聞いていた。

仮に今の学校継続で私のお世話が出来なくたって、学費等は西條家が負担するし、私という存在が完全に消し去られたという以外には、何一つ不自由ない選択だ。

そして二つ目が「私と一緒に他県の学校に転校し、寮生活をしながら私に仕える」だ。この場合、屋敷から完全に離脱し他県の完全寮生活にシフトチェンジ。麗の家族には中々会えなくなるし、今までの環境がガラリと変わることから多くの大変が襲いかかってくるだろう。

麗は、ちょっと博多弁がきついだけで誰に対しても優しく、能力的にも非常に優秀。

こんな私に仕えるよりももっと有効な知力や能力の使い方があるにも関わらず、凪茶は即答で後者を選び同じ高校に通うことになったのだ。

 そして今日が待ちに待った出発日であるため、凪茶は家に給仕する際に着るはずであるメイド服ではなく、これから私と一緒に通う高校の制服を着ていたのだ。



「制服、よく似合ってる」


「えへへ、姫里お嬢様に一番初めに見て欲しゅうって、お部屋から直行でやってきてしもうたっ」



 凪茶はくるりと回って自分自身の制服を見せた。ちりんっと軽快な鈴の音がなりそうなほど軽やかな回転は、凪茶の身軽さを伝えてくる。

使用人が着ているメイド服は、長めのロングスカート。凪茶も小さい頃からずっとそのロングスカートだったため、制服の短めのスカートに抵抗があるらしい。これから通う学校はスラックスが認められており、凪茶は意気揚々とスラックスを選択していた。



「あいらしかー?」



 凪茶は首をこてんと傾げて尋ねた。にんまりと上がった口角に、可愛いことが分かりきってる自信に満ちた瞳、その愛くるしい仕草と表情が何度言えない。



「ええ、とっても可愛らしいわ」



 私は口元に手を当てて、必死に凪茶にやけてしまいそうな表情を耐える。

 ――――とはいえ、凪茶はスタイルがいいし短めのスカート姿も見たかった。

凪茶は動作が大きいく、慌ただしい一面もあるからよくぴょんぴょんと飛び跳ねるような印象があるからこそ、奥ひだの赤色がよく映えて可愛らしいだろう。スカート履いても長めがいいと言いそうだけれども、是非とも短めのスカートを履いて浮遊しているような空気感を演出して欲しい。



(考えれば考えるほどやっぱり見たかったなぁ……)



 とはいえ、本人の意思が最優先なので、この事実は心の中に閉まっておく。



(……まぁ、スカートが良かったなんて口を滑らせたら、少し恥ずかしながらもスカートに変更してくれそうだけど)



 だとしても、スラックスは凪茶によく似合っているのもまた事実だ。普段はユルっとした可愛さの凪茶からは見えない、まさにかっこいいタイプの姿。

 凪茶は素直に褒められたのが嬉しいようで、頬に手を当てながらにんまりとした表情を浮かべた。



「えへへ、姫里お嬢様に褒めらるーなんて、ばり嬉しかねぇ」



 凪茶は純粋で真っ直ぐで純粋人間だと思う。

私の思惑なんてものは知らずに、ただただ私から向けられた言葉を真っ直ぐに受け止めて理解する。

別に気づいて欲しい訳では無いものの、褒め言葉を100%素直に受け取れてしまう……ということがある意味賞賛に値し、ある意味傷付けられる要因になるのだ。

そこが凪茶のいい所であり悪い所でもあるのは言うまでもない。けれども、私は凪茶のそういうところがすごく大好きで救われていた。



「ふふっ、そんなに褒められるのが嬉しい?」


「当たり前ばい!姫里お嬢様からん褒め言葉って、うちにとってはほんなこつ嬉しかばい」


「なら良かった」



 凪茶と長い時間を一緒に過ごしたからこそ、私は凪茶の笑顔が誰よりも好きだ。全くもって穢れがない、私にとって完璧で理想の笑顔。それでもって、凪茶が笑うと私も釣られて笑顔になる。

凪茶と話して笑ってる時だけは、作られた笑顔が存在しない。それほど楽しい時間を作ってくれてるのが、山花凪茶という人物であり、私の大切な人でもある。



「……あ、そういやあ、西條様から伝言で車はこっちで使うため出しぇんけん電車とバス乗り継いで学校まで行ってくれって伝言預かっとった」



 凪茶がふと思い出したように、ハッとした表情でお父様からの伝言を伝える。



「にしたっちゃ、姫里お嬢様が今日から他県で完全寮生活ば送るっていうとに、西條様は電車にでも乗って勝手に行け……なんて、冷たか人やなあ。時間もお金も結構かかってしまうし、送っていった方が楽やて思うっちゃけどなぁ」



 凪茶はきっと私に対してのお父様の対応が気に食わないのだろう。少しムスッとした表情を浮かべてた。



(わざわざ私のために家主にそんなこと言えちゃうんだなぁ)



 山花家的には、西條家絶対遵守風習が根付いてしまっている。その中でも、当主である私の父親に対して使用人たちはおろか、山花家の人間なんて以ての外、誰も悪口を聞いたことは無かった。

だからこそ、お父様的にはタブーである発言だろうが、お父様を嫌っていた私にとってはとっても嬉しい言葉でもあった。



「時間がかかることって、いい事じゃないかしら?それほど凪茶と一緒にいれるってことでしょ」



 私は凪茶の手のひらをそっと掴んで合わせるように握って見せた。



「プチ旅行みたいで少しワクワクしない?」



 楽しいことを想像させればいい。言葉は時に刃を向くけど、それと同時に人を助ける縄にもなる。言葉は全部言い方次第。声のトーンや、どこで抑揚を付けるかで、人へのつたわり方が一変していく。



「……するかもしれん」


「ならいいじゃない。二人でゆっくりと楽しみながら行きましょ?」



 実際はこれから行く寮のために電車を乗り継いでいくだけ。でも、言い方次第で人はどんな形にでも幸福を変えていける。ちょっとした言い方一つで、これからの人間関係が円滑にも面倒臭い感じにも変わっていく。

言葉一つで、その人の人生を変えてしまうこともあるって考えると、言葉はよく選んで考えて発言していかなければならない。



「楽しみね、高校生活」



 他県、全寮制、私たちみたいに社交界に出ている人間、もしくはネットで名前なんかを検索しない限り、私の素性がバレる心配はない。

西條っていう苗字もそこまで珍しいものじゃないし、やっと私は普通の生活に近しいものが送れるのだ。

 家から早く出たい。学校に、寮に、早く行きたい。

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