おはようの挨拶①


 ――――理不尽な現状が嫌いだ。



 何年の付き合いになるのか分からない、いつからあったのかすら思い出せない、醜い証。左側のお腹にできた薔薇の形をした痣は、ご丁寧に茨の部分の造形もしており、傍から見るともはやタトゥーなのでは?と疑ってしまうほどの完成度の高さ。そしてこの痣は日を重ねていく事に、色は赤く深紅の色へと変化していた。

 もはや芸術と言わんばかりの痣だったけれども、ここまで来ると気味が悪かった。



「……気持ち悪い」



 その痣の気持ち悪さに、思わず自分自身に対して嘲笑してしまう。今日の下着は淡めの色の下着で、痣の色味がより分かってしまう。とある一人のメイドを除き、家にいるメイドたち、家族なんかは私に痣があることを知らない。今日つけている下着は、痣のことを知らないメイドが買ってきたのだろう。

下着がまだ痣の色味に近ければ、そこまで目立つものでは無いのかもしれないけれども、この白の下着にこの痣はあまりにも目立つ。



(……早く用意しよ)



 予め用意しておいたキャミソールという第一の装備品をつけ、下着だけの姿から開放されるもののどこか透けてしまうのではないか、と心配になり、まだ醜い自分がいることに吐き気がする。



 ――――私は醜いのだ。



 そう思い始めたのは、いつだったのかはもう覚えていない。ただ、痣が体を蝕み始めてからだった……と言うことだけは記憶している。

 この痣は他人から見れば美しいものなのかもしれない。立派な薔薇の造形の痣で、これを絵だけで見せられたら私も素敵だと賞賛する。しかし身体にあるという定義に変わるのなら、私は単に醜い傷物の体だと明言する。

この痣の醜さに、普段の生活でももしかしたら痣が透けて見えてしまうのではないか。と日々心配という闇に襲われながら過ごしている。

 そして残りの装備品をつけるために、棚にかけてある制服に目をやった。

 私が今日から新しく通う高校の制服。専属メイドの麗が丁寧にアイロンをかけてくれており、シワやシミひとつないピッカピカの制服。

 私は棚から制服をとり、全身鏡の縁に制服一式がかかったハンガーをひっかけ、装備品をつけ始める。

 学校指定のワイシャツは、胸ポッケ部分に学園のマークであるコスモスの刺繍がされていて、唯一無二の特注品。ブレザーを着てしまえば見えないものの、今の時期はまだブレザー必須。この刺繍が華開くのはまだまだ先の話で、そんな先の未来を描けるぐらいにはこの刺繍が凄く好きだ。ワイシャツに袖を通し、丁寧にボタンを閉めていく。

 次に、膝上約十センチ程の黒のプリーツスカートは奥ひだは赤色で動く度に赤色がゆるっと可愛らしく揺れる。そんな可愛らしいスカートを足に通し、ワイシャツの裾をスカートに入れた。丁寧にスカートのプリーツ部分を直して、身だしなみの確認を行った。

 そしてハンガーとは別に鏡の角っこにかけて置いておいた、紅いリボンを手に取る。

リボンをつけるために一旦、自身の長い藤色の髪を右側にまとめるように寄せ、ワイシャツの襟を露わにする。通しやすくなったリボンをワイシャツの襟に通し、リボンを装着した。

鏡を見てつけたリボンが曲がってないか念入りに確認する。リボンの端を指でつまんで軽く揺することで、微調整。

 そして最後の仕上げに黒のブレザーを手に取り、腕に袖を透す。新品のブレザーは、中学時代から三年間着続けたものとは違って少し固くかっちりとした新品だ。



(サイズも……うん、ぴったりだ)



 中学時代は、まだ大きくなるかなぁなんていう淡い期待を持ち少し大きめのサイズを購入したものの、虚しく身長は156cmで止まってしまった。

女性の1番伸びる時期は小学生であり、中学に入ればあまり伸びなくなってしまう……という研究結果はしっかりと事実だったようで、私の淡い期待をいとも簡単に打ち砕かれた。確かに生物学的にはそういう結果が出ていたのは、知っていたけれども両親共に身長が大きく止まったのは高校生の時であり、今も緩やかに伸びているという話を聞いていた。だから良くないとは思いつつ、好奇心と淡い期待が私の頭の中を占領し、生物学的に結果としてるものよりも、私自身の遺伝子に望みを託したのだが、私の遺伝子は生物学的結果を重んじるタイプだったようだ。本当にクソ。

おかげでブレザーがくたびれるまで新入生のような大きさのブレザーをかなり長い間着用していた嫌な記憶が蘇る。

 だからこそ今回の制服は失敗しないように念入りにチェック及びシュミレーション、そして実践を重ねていたのだ。



「……よし、完璧。大丈夫」



自分に言い聞かせるようにその言葉を口にした。

 制服という名の装備を身につけて、もう私の醜いものを見る術はない。忌まわしいものを脳内で必死に否定するために、先程の「大丈夫」という言葉を何回も身体に叩き込きこむ。この姿ならば、誰も私にあの醜い痣があることが伝わることもない。私は綺麗なのだ。

 最後の仕上げをするように、私は全身鏡を見ながら笑顔を作ってみせた。記憶にある、眩しい笑顔をいつも再現する練習。学校で話しかけられても、平然と取り繕えるように、笑顔の練習は必須科目なのだ。

今日の笑顔はどこか不自然であり、歪。私は自身の人差し指を口角に当てて、笑顔を作ってみる。そうして私の指から作り出された笑顔は、どこか醜く気持ち悪いものだった。



(こんなのじゃ、ダメ)



 私は人差し指を口角からそっと外して、鏡に映る自分自身を睨みつけた。

 自分自身が醜い。制服もいう鎧を着ても、自分の醜さは変わらない。笑顔を偽り続ければ続けるほど、もっと醜く見える。



「…………気持ちわるいな、私」



 取ってつけたような薄っぺらい笑顔。そんな笑顔でも鏡に向けてやることによって、いつもならば完璧に作られた笑顔に変えられる。鏡を見て理想の笑顔を再現すればいいはずなのに。

 鏡の中に映る自分は、理想を掛け合わせた姿であり、私は醜くないはずなのに。今日はどうしても笑顔が作れなかった。



 ――――ガチャッ。


「姫里お嬢様ー!起きとーとー!?」



 勢いよくとドアが開き、私はドアの方に視線を向けると、同じ制服姿に身を包んだ、人物が部屋に入ってくる。



「……ドアを開ける時は声をかけて、といつも言ってるでしょ?」


「へへっ、ごめんなしゃい姫里お嬢様。早う姫里お嬢様に会いとうして手が先に出てしもうた」


「今日に限らず、いつもの事なんだけど……」



 頭を悩ませる要因でもあるものの、彼女には私の注意は届いてないようで、浮き足立ちながらも扉を閉め、私の方に向き合うとまるでスカートの裾を握っているかのように空を掴み、いつも通りのお辞儀した。



「おはようごじゃいます、姫里お嬢様」

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