第3話 そして動き出す

海を臨む堤防につく頃には、思考も多少のまとまりを取り戻していた。


まず、ここは現実ではない。

彼女は間違いなく、亡くなっている。


しかし実際に彼女は目の前で動き、繋いだ手からは温もりも伝わってくる。


これは夢である。

そう結論付けていいだろう。


…いや、死後の世界という線もあるか。

死神とやらにも会ったことだし。


あのタイミングで本当は私も死んでいたりして…


あり得ない話では無いな。


どちらにせよ、私が待ち望んだ状況であることに違いはない。

ここでは、日々の苦しみに苛まされることもないのだから。


「ん~、海風ってなんでこんなに気持ちいいんだろうね~」


彼女は両腕を広げ、全身で受け止めるように風を浴びる。

風になびくショートヘアと緩んだ表情は、私に愛おしさを思い出させるには十分であった。


「いつぶりかな、結夏とここに来るの」


名前を唇が紡ぐと、乾いた心に潤いが染み渡るのが分かった。


「えー?三日前にも来たじゃん」


海を向いたまま結夏は軽く答える。


やはり。

先程の態度からそうではないかと思っていたが、彼女にとっては私はあの頃のままなのだ。


となると、ここはあの夏なのか?

私が結夏と出会い、そして永遠の別れを告げたはずの…


大学三年生の夏。

置き去りにした過去が、さざ波に乗って寄せてきたとでも言うのか。


「そうだったっけ、なんか久しぶりな気がしちゃってさ」


ならば、変えられるかもしれない。

彼女を、失わずに済むかもしれない。


「それで、どうしたの?峰守くん」


何気ない声色を装って、私を気遣ってくれる。

その優しい心に、今度こそ報いるのだ。


「ううん、大したことないんだ。

ちょっと面接でメンタル削られただけ」


そう言ってはにかんでみせる。


すぐにでも動き出さなければ。

あの運命の夜まで、どれだけ猶予があるか分からない。



***



「やっぱ、その道を選ぶんだな」


面白がるような声色とは裏腹に、死神の口元に笑みはない。


「俺が呼ばれたんだから当然か。


顔合わせは済んだ。

糸も結ばれてる。


精々あがけよ、青年。

あるいは神様の救いの手が、差し伸べられるかも知れないぜ」


死神は嗤う。

笑みを見せぬまま。


その望みを黒いコートに隠しながら。



***



舞台は整った。

かくして緞帳は上がる。



誰が望む結末に至るのか、まだ誰にも分からない。


…それこそ、神様にも。

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