9話 4月16日 観察③



 俺は体を動かすものなら何でも好きだ。それはもう、野球、サッカー、バレーボール、テニス……そしてみんなが嫌がるマラソンさえ好きで、もし今やりたいことを一つ選べと言われたら、悩みながら『今日はサッカーの気分かな~』と、幸せそうに選ぶだろう。


 逆にやりたくないことを選べと言えばまよわずバスケだ。よりによってバスケとは……


 他の球技種目とは比較を許さないほどの特別なケースであるにも、学校だけではしたくない。まあ、部活動じゃないのがせめての救いだが、テンションが下がるのはしょうがないようだ。


 体育は2つクラスを合わせて2時間して、80くらいの生徒たちが体育館のなかに座って授業を受けている。


 バスケゴールの前に立っている先生は、バスケ部の監督も兼任していてますます嫌になたけど、寡黙なイメージで生徒たちにも敬語を使いながら熱心に授業をしているのをみて…


「けっこ違うもんだな……」


 つぶやいてしまった。そしてその声に反応した朝倉が首を後ろに回した。


「何て言った?」


 俺は『何も言ってないから、先生のお言葉をきけ』と言って朝倉の顔を強制的で正面に復帰させた。


 情けないことに少し期待したかもしれない。


 俺は適当に聞きながら目では香菜を探した――おっ! 目が合った! …けど、 香菜はすぐそっぽ向いた。


「ちぇっ、少しくらい見てくれてもいいじゃん」


「なんでいっ…」


「何も言ってない」


 回す首を事前にふさげた。そして再び香菜を見つめるとどうしてかその横にいる秋奈が俺を見た…いや、睨んでいるよねあれ……


 大体『かなちゃんだけ関心を持たずにゆうやくんにも関心を持ってくれよ』と、言ってるようで『俺が何とかできることではないじゃないか』と言う視線を送った。伝わったかどうかは分からないが。


 その後も授業は続いて…


「ふぁー」


 あくびが出た。体育を言葉にするほど退屈なこともないから、それに食後であることも一助した。


「バスケの授業は3週間します。1週目と2週目はそれぞれに練習して最後の週にテストを見てもらいます」


 3回もやるのか……


「内容は、パス、ドリブル、シュートまで3つ見てもらいます」


 まあ基本だな…つまらなくてまたあくびが出そうだ。


「では長瀬君、お願いしてもよろしいでしょうか」


「はい」


 ん?


 裕也は堂々たる歩きで俺たちの前に立った……ああ、バスケ部だからか。


 ボールを受けた裕也は先生の説明どおり授業に参加して、きれいなドリブルでレイアップを成功させた時はみんなが歓呼した。


「きゃあぁぁ、長瀬君マジかっこいいの~」


「本当だよ~また惚れるかも」


 特に女子からの反応は半端じゃなくて、4組の女子までいたせいかなおさら。


 俺も見た目良い顔を持っていると自負しているが、あんな歓呼はいないよね……ちっ、何を期待するんだ、今更バスケ部なんかに。


「最後にシュートを見ます」


 裕也はボールを渡されフリースローラインに立った。あんまり見たくなくて視線をそむけていたところ香菜と目がまた合ってしまった。


「!?」


 俺はおっとして、今度も目を逸らすよねと思ったが香菜はまっすぐに見てくれた。


 77人の生徒が息を殺して裕也を見ている中、俺と香菜だけが向かい合っているという点は妙にドキドキして、黒髪の間から見える瞳から悲しみが感じられた。


「か…」


 何かでもい言おうと口を開こうとすると。


「きゃああああああああ―――!!!」


 うるさい女子の歓声が俺と香菜を現実世界に戻らせた。どうやら裕也がかっこよくゴールを入れたようだが……だかがフリースローだろ、いちいち叫ぶな!


 ちなみに香菜の横にいるチビはベーコンポテトピザを見る時よりもっと恍惚とした表情で見つめている。どこが孤独だ!


「シュートの場合はフォームにかまわず入れるさえすれば満点で採点します」


 おぉ~気に入ったことを言ってくれるな、シュートは変に投げても入ればいいんだ。


「もし入れられなかった場合は、誠意によって点を下げます」


 えっ、誠意? やべー! 俺、入れなければ0点確定じゃない?



 ◇◆◇◆◇◆



 授業が終わった後ボールが入ったバスケ箱に、1つはうちらのクラスがもう1つは4組の生徒たちがそれぞれ押しかけた。


「おい! お前らどけ――!」


 狭いところでボールを奪いはじめるために集まっている人ごみに、誰かが男2人を連れて割り込んだ。その荒っぽい行動に何人かは押され転んだけど誰一人も不満を言えなかった。


 だってその当事者は険悪で偉そうにして何よりうちらのクラス最高のグループの1人で、裕也とよく似合う赤髪の男だ。


「ん? お前バスケじょうずなのか?」


 一人が表情管理をできなかったのか、赤髪は言いがかりをつけた。


「い、いや…」


「すると表情ほぐせばどう、さもなく俺勘違いするかもしれないよ喧嘩しようということで、それでもいいか?」


 相手が怯えていることを確認して頬をトントン叩いた。


 はあ、こんなくだらないことにも序列というのは存在するんだな、それこそ裕也の名を背負って……秋奈が気に入らないのはこういうことかも知れない。


 その証拠として赤髪は…


「裕也、いっしょにやろう!」


 ボールをいっぱい持ちながら誇らしげに裕也に近づいた。


 あんなゴミみたいな行動を褒められたかったらしいが裕也はあきれて見ている。


「はぁ……そんなにいらないからいくつか残して戻して、石神いしがみ


「なに言ってるんだ裕也、多くて悪いことはないだろ。おい~! 女子たちもいっしょにやろうぜ」


 赤髪は裕也の言葉を無視して女子たちに成果を見せ始めて、その姿を見た裕也は、他の男たちが持っていたボールを受け取って戻しに行った。


「ばかなの? するわけないじゃん」


「そもそも体育とか汗臭くてうざすぎよ」


「せっかくきれいしたネイルが台無しになるじゃん、わかる?」


「ば―か~! わかるわけないじゃんww」


「だよね~」


 女子たちが心を1つにして断った。


「はあー!? せっかく持ってきたのにそりゃないんだろ!」


 寂しさと怒りが混じった声にも女子たちはきれいになったネイルを見るのに忙しいようだ。


「ねえ、ねえ、見てみきれいしょう」


「おお~、きれいになったじゃん」


「でしょ! …まったくこの赤髪は、女をぜんぜんわからないんだから」


「そうよ~そのくせ、よくまぁまぁと沙希さきちゃんにちょっかいするね、ねぇ? 何の自信なの、相手がなると思うわけではないよね」


 赤髪は顔も赤くなった。


 どうやら女子グループのリーダーに見える金髪の子が好きらしい。


 確かに他の4人の女子たちよりずば抜けた美人で、赤髪などが自分のことを好きなことに対して何の反応も示さないほどお高くとまる子だ。


「あ、赤くなった。マジそう思ったようだよ」


「うわ~、まじうけるww」


 女子のからかいに、もうすぐ爆発しそうに見えた。


「みんなそう言わないで」


「あ、長瀬くん」


「石神もあんたたちのために持ってきてくれたんだから、少しでも一緒にやってくれない?」


 戻ってきた裕也が良くない空気を感じて仲裁に出た。あんな点が相変わらずなのを見ると秋奈の言う通り変わったわけではないかもしれない。


「まぁ、長瀬くんがそこまで言うならいいかな……どう、沙希ちゃん?」


 女子たちはリーダーの金髪沙希の反応をうかがいした。


「……そうすれば」


 金髪沙希は、長い髪をうしろにめくりながらツンって言った。


 何日見守ってみると、この子は裕也にだけは違う態度を見せる。高慢そうな自尊心のためかちょくせつ話しかけることはあまりないが、周りの女子たちに合図をして言いたいことを代わりにさせるようだった。


「じゃ、教えて! うちらぜんぜんできなくてさ~」


「ねぇねぇ、お願いだよ~」


 許可が下りたとたん女子たちは急変して媚びつき始めた。


「ん? ああ、もちろん教えることはできるけどせっかくなら石神に教わってみればどう」


「ええ~いやだ! 長瀬くんがいいのっ」


「そう、上手な人に習いたい~ねえ、ねえ」


「俺も上手だってば! 去年までバスケ部だったから生半可な奴らよりはずっと上だ」


 そして『何より全国まで行ったから』と自信まんまんにつけた。へえ~、赤髪なかなかやるみたいだ。


「長瀬くんに便乗しただけだろ」


「そうよ! その場にうちらがいても同じ成績出した」


「むしろ、よくできたかも?」


 赤髪は無視された。何だただ乗りだったのか。


「そんなこと言わないで石神も教えるほど上手だから、とくにシュートの部分においては僕よりうえかもしれない」


「へへっ、どうよ。もう無視できないだろう」


 裕也が褒めるとさすがに女子たちも何も言えなかったけど、裕也の性格を考えると多分お世辞だろうが、それも知らないのか赤髪はもっと堂々とした。

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