7話 4月16日 観察①



 いつものメンバーで食堂にきた。


「……」


 特別なことがなければ3人で、朝倉が女子と食べる時は櫛田と2人で来る。


 普段は何も言わない櫛田がめずらしく、右側の椅子を持った状態で固まっている俺に一言投げた。


「壊れたな、これ」


「……」


 人を物のように言うのが無礼ではあるが、先ほど香菜と秋奈が通り過ぎるのを見て『一緒に食べようか』と椅子を取り出しながら勧誘の視線を送ったけど…無視されたので反論する気力がない。


「無理もないよ、今ので39回…」


「数えるなら心の中で数え!」


 おお~、気力がないはずなのに鋭くなったせいか無意識に反応してしまった。人間の体は神秘的だな~。


 ちなみに39という数字は俺が香菜に無視された回数で、まだ入学して2週目で……俺、たくさん無視されたんだ。


「心の中で数えたら立花が分からないじゃん、しっかりしろという意味で言ってくれるんだから」


「しっかりしろって何をだ」


 椅子を入れて目の前にいるカレーライスを混ぜりながら答えた。


 設立して間もない学校だからかメニューが多くてクオリティもなかなかだ。


 正面に座っている朝倉は唐揚げを選んで、その横に座っている櫛田はおもに定食を食べる。俺は全メニューを食べてみるつもりなので今日はカレーを選んだ。


「相原ちゃんは立花を見向きもしないから諦めろってこと」


「お前まだ疑っていたのか!?」


 朝倉の奴、俺が香奈と友達であることまでは受け入れたらしいが、相変わらず好きだと勘違いしているようだ。


「疑いも何も、相原ちゃんにちょっかいをかけるということを、クラス全体が知っているということを知っているのに、話しかけるということは到底誘うとしか」


「ただ友達だから声をかけるだけだ、余計な憶測するな」


「……友達は本当よね」


 あ、どうやら俺が誤解したようだな、ははは! このくそたれ、俺が香菜と友達であることまで疑っている。


 殺意を込めて朝倉をにらんだ。


「だって相原ちゃんだけに話しかけるから疑うしかないよ」


「秋奈にも話しかけるんだろう」


 カレーを一口食べながら答えた。ふむ、悪くない。


「ついでにね。それに長瀬とも友達だったって言ったのにも、いちども声をかけてなかったし」


「……」


 確か朝倉の言葉は間違ってない、香菜に話しかけて無視されるとついでに秋奈に話しかける。


 秋奈も最初は『…うん、おはよう』ってぎこちなく挨拶を受けてくれたけど、あの日以降は『…なんでゆうやくんには声をかけてないのよ』というように頬を膨らませて不満そうな視線を送るだけで、挨拶を受け入れてくれなくなった。


 そして裕也のことは…


「……お前はあのグループに入って話しかけるのができるのか?」


 俺が指したところには裕也を中心に男5女5が集まって騒々しくご飯を食べている。ちなみに教室にもいつも集まっているので、そこに入って声をかけるにはかなりの勇気が必要だ。


「まあ難しいだろうね」


 ほら~、親和力いい朝倉さえこのようだ。秋奈には悪いが俺だからといって何をできるわけではない。うん、しょうがないのだ。


 この何日、裕也を観察してみたら秋奈の心配するのがある程度理解できた。虫けらはひどいけどやはり裕也にくっついた感じが強いうえに、裕也も先に話しかけてこない以上対話に参加することはあまりなかった。


 しかし、もともと会話のスタートを切るタイプでもなかったうえ似合わない姿もないので、昔うちらの関係と違うということまでは認めるが、秋奈が言った孤独というのはどう考えても受け入れられない。


「でも、相原ちゃんに話しかける勇気がいれば十分だと思うけど」


「ふざけんな、香菜の方が話しかけやすい」


 裕也の友達でもあるから悪いことは言いたくないけど、あの連中は教室でも他の生徒たちを見下して無視するのが身に付いている奴たちで、本能的に憚られるタイプだ。中学生の時の嫌な思いが浮かぶほどだ。


「じゃあ、誘うセリフでもちゃんとしたらどう?」


「だから誘うのではない…ちょっと待って、俺のセリフがどうした」


「知らなくて聞くのか!? 立花が誘うコメントは全部で3つ」


 朝倉は指を一本ずつ上げながら続けて話した。


「1つ目『おはよう香菜』2つ目『昼飯食べる』最後で『一緒に帰ろう』と、この3つで2週も経たない間に39回無視されたんだってば、こういうセリフは最近小学生も使わないから学習したらどう?」


「くっ…でもしょうがないじゃん、返事さえしてくれないのに」


 俺だって返事さえしてくれれば天気の話くらいは持ち出せる。


 香菜は北南コンビには『いや』どか『邪魔だから行ってくれない』など拒絶の言葉でも言ってくれるが、俺にはそんなことさえもない。


 答えは全部『……』で、今やもう顔さえ合わせてくれない。初日の『親しいふりしないで』という香菜の言葉がむしろありがたく感じるほどだ。


「はぁ…本当もどかしいてば、言葉だけ女を誘うほどイケてる顔でもないくせセリフさえ誠意がなくては、そんな時はねこんなふうに…」


 朝倉はそう言って櫛田の方に少しくっついた。ん? 何をするつもりだ。


「ねぇねぇ~櫛田くん、今お昼? うわぁ~定食だ、うまそう~! 僕のもみてみて~唐揚げ、定食だよ。なんか運命を感じるね~。ほら~これ食べてみて本当においしいよ~代わりにその鯖の煮付けちょーだい~」


「……」


 櫛田は何の反応もしなかった。


「無視するんだけど?」


「……じゃあ、仕方ないから諦めて他の女を探しに行かないと」


 ぎこちなく笑う朝倉に、『メシな食べろ』と意味を込めて、食板を押せた。


 ちなみに今のように言っても『ねぇねぇ~香菜ちゃん、今お昼?』の所で席を立って去るから成立しない話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る