6話 4月10日 頼み②



「香菜と裕也、2人の間に何があったのか言えないと言ったな」


「…うん」


 テーブルに置かれているピザボックスを閉めて、できなかった対話を続けた。


「そして裕也が言うことは全部嘘だから信じるなって…どうしてそんな嘘をつく?」


「…それはね…うっ!」


 秋奈は突然口を塞がった。


「何、吐きそうか!? トイレはあっちだ!」


 家が汚れる危機に急いでトイレを指差した。


「違っ!? 女子に何を言ってるのよ、つい言いそうになったから口を止めただけなの」


 あ、そう。


「口を塞ぐのは自由だけど何も言わないと俺は何もできないけど? そもそも俺に頼みたいものがあって追いかけて来たんじゃないか」


「…それは」


 秋奈は今度も人差し指を寄せ合ってもじもじしている。一体何をしたいのか。


「…ゆうやくんとまた友達になりたいよね」


「はぁ…さっき言ったじゃんそうしたいって、でも俺一人でそんなこと考えてどうする、裕也が俺をもう友達だと思わない…」


「だからそれは嘘で、ゆうやくんはまだうちらを友達だと思っているの!」


「……だとして、とにかく演技をしなければならないほど俺と親しくなりたくないってことでもあるんだろ…それにどうして親しくなるのが香菜じゃなく裕也なんだ」


 裕也の変化も気になるが5年という歳月に、変わっても仕方ないと受けとめられる。でも香菜の変化は異質だ。


「…ゆうやくんは今孤独なの」


「はあ? 何を言ってるんだ、今あいつの周りに集まっている子たちが見えないのか? むしろ孤独に見えるのは香菜だろう」


「…もちろんかなちゃんも孤独だけどウチがいるから大丈夫なの」


 たくましく言ったわりには悲しい顔だ。


「……香菜はどうしてあんなに変わってしまった」 


「…それは…!」


「……お前ふざけてるよね」


 再び口を塞いだ秋奈から『絶対言えない』という強烈な意志が伝えられた。


「ったく、じゃー! どうして孤独だというのよ、周りには友達もたくさんいるんだろ」


 裕也は入学して間もないにもかかわらず、バスケ部の有望株としてものすごく期待を受けている。それは他のクラスの女子たちが見に来るほどの絶大な人気なのは本人もよく知っているはずだ。


 俺と違って中学校の時も活躍したようで……


 それに友達と騒ぎながら笑う姿をよく作るので、そんな人間が孤独なら俺たちのような平凡な人間は孤独死ですでに死亡し、裕也は欺瞞罪で死刑にすべきだ。


「そんなの全部にせものなの! 誰もゆうやくんの孤独を癒してくれないの」


 何言ってるのか…


「ちょっとわかりやすく説明しろ、さっきから何を言っているのかさっぱりだ」


「…ウチ、かなちゃん、ゆうやくん、そしてみなとくんまで一緒にいた頃を思い出して」


「思い出すと?」


「あの時と違うということを分かんないの!?」


「わかりやすく言えと言うのにどうして推論させるかな…お前! 口下手だからただ結論を言え」


 秋奈は自分の粗末な言語伝達力は問題だとは思わず『どうして理解できないの』ともどかしがった。そして…


「あ~もう! 今隣にいるやつらは虫けらよ! 誰一人もゆうやくんのことを本気でみていないのよぉ!」


「え!?」


 小心者だった以前に比べて成長したとはいえ、秋奈の口から出る言葉とはとうてい思えなかったので、ショックを受けたけど秋奈は興奮した口調で話を続けた。


「自分の位置を守るため、ゆうやくんの地位を利用するくそったれで、あんなものが友達ならゆうやくんがかわいそうよ」


「お前いくらなんでもちょっとひどいんでは……別に構わないじゃん、昔もそうだったし」


 裕也は昔から人気があってくっつく子が多かった。


 それを面倒くさがらないせいなのか、親しいふりをして偉そうにしてる子たちもかなりいて、秋奈の反応を見ると今も同じようだ。


 俺もそういうのは気に入らないが裕也の友達という称号を貰ったら、カースト最高の位置を割り当てられるのと変わらないから悪いとまでは言うつもりはない。


「…でも、うちら3人はそう思ったことなかったでしょ」


「当たり前だろ」


 自信を持って答えた。


 偉そうにするため利用したわけでも、利害関係が一致して似合ったわけでもなかった。ただ純粋に一緒にいたいと思っただけで、真の友情を分かち合った親友と自負できる。


 だから俺が転校しても残り3人は何事もなく付き合っていくと思ったのに…


「…ところで今隣にいる子たちはゆうやくんの内面を見てくれずに外面だけ見ているの」


 まあ、たいてい言いたいことは分かった。でも…


「当事者の裕也が何も言わない以上、第3者のうちらがあれこれ言うのもちょっとね……それとも裕也が嫌なのに話せない状況なのか?」


 まずないと思うけど。


 裕也はバランスを重視して口出しせず見守ることが多いが、間違った行動ははっきり言う子で、そもそも存在だけで間違った行動をできないようにする神秘的な力がある。何しろ人がいい上に正しい奴だったから。


「そうじゃないけど……むしろ…!」


「はあ……」


 秋奈は急いで口を塞ぐ姿を見て『またか?』と思ってため息をついた。本当に秘密が多い子だ。


「…ウチ、大変なことを経験してから気づいたことがあるの」


「大変なこと? それって何だ」


 秋奈は俺の言葉に答えず続けて言い出した。


「貰ったものがあれば必ずそれにふさわしい恩返しを返さなければならないということを。ところであの子たちはいっぱい得ながらゆうやくんの孤独を何も…いや、気づくことさえできないの」


 よく出てくる孤独というキーワード……いったい何があったのかは分からないが、秋奈の興奮した様子を見るとよほどのことがあったようだ。


「……今、あいつのそばにいるやつらはみんなそうだってことか?」


「…1人は例外かもしれないけど…あの子も嫌いよ!」


 まだ何を言ってるのか分からないが…


「じゃあ、お前や香菜が裕也のそばにいればいいんじゃないか、なら孤独ということから解決できるんでは? それとも裕也は、あんた2人も俺のように壁を置くように接するのか」


「…それとは違うけど……何よりかなちゃんはできないから…ウチも罪を犯したので……」


「!?」


 罪! その言葉に胸が締め付けられてきた。


「何も言わずに頼んでごめん! だけど考えてほしい、かなちゃんだけじゃなくゆうやくんのことも気を使って……もう信じるのはみなとくんだけだから」



 ◇◆◇◆◇◆



「本当いいか」


「…ウチ、子供じゃないの」


 玄関前。連れて行ってあげると言うと頬を膨らませて不満を表した。


「1つだけ聞く、なぜ俺に頼む」


「…ん? 信じるのはたちばなくんだけって…」


「いやそうじゃなくて、お前昔には俺のこと怖がってたじゃないか」


「怖がってないよ! ……ただ声が大きくて驚いただけで、それにたちばなくんがいい人だということは知っているから……」


「それは昔だろ。あんたたちのように俺も変わったかも知れないし、それに高校生の男子の家にむやみに入ってくるのは軽率だと思わないか? 俺が悪い心を持ったらどうするつもりだったんだ」


 叱ると思ったのか秋奈は頭をうつむいた。


「…かなちゃんとゆうやくんは、転校してからもよくみなとくんの話をしてたの…とっても嬉しいように」


「……」


「そしてこの何日間かなちゃんに無視されながらもずっと話しかける姿を見て相変わらずだということを知ったの、だったら信じられる!」


「はぁ……裕也の件はちょっと考えてみる、気をつけて帰れ」


「…うん、バイバイ」


 秋奈は出る瞬間まで哀願する目で俺を見た。

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