5話 4月10日 頼み①
「…おおぉ~たちばなくん一人暮らしなんだ。ちょっとかっこいいかも」
感嘆して家を見つめる秋奈に適当に座るように言うとおとなしく床に座って、俺はテーブルに麦茶と食器棚に1つ残っていたポテトチップスを取り出した。
「…ウチ、父ちゃんと母ちゃんから、もてなしを受けたらちゃんと感謝の挨拶をしなければならないと教わったの」
「へえ~立派なご両親だな」
秋奈の両親は俺もよく知っている方で家庭の事情が厳しくて共働きだった。 それでよくお会いすることはできなかったけど、たまに会うといつも嬉しく迎えてくれる優しい方々だったよな。
「…そして自己主張は強くしなければならないと言ったの……ウチコンソメ味が好き」
「……」
教育が足りないようだ。
「不平言わずに食べろ、それしかないんだ」
秋奈はぶすっとした顔でコショウ味のポテトチップスを開けると、中から出る匂いを嗅いで顔をしかめた。
俺もセットで買って残ったもので処分してほしかったが、食べるには大変みたいだ。
「ったく…じゃあピザならいいだろ」
「ピ、ピザ! ピザがあるの!?」
秋奈は目を輝かせて期待に満ちた声を上げた。
「あるはずないんだろ」
そう言ってポケットからスマホを取り出して電話をかけた。
「…ウ、ウチ、恥知らず子ではないよ」
「心配するな、十分恥知らずだから…あ、もしもしここ―――」
期待の視線を送る秋奈に『ペパロニでいいよね』と聞くと『…いいけど、ベーコンポテトならもっといいかも~』と、答えが返ってきた……本当、自己主張が強くなったな。
「じゃピザも頼んだわけだ、用件を話したらどう?」
「…えっと話が終わったらウチ、帰るといわないよね」
ピザを食べられないのが心配か!
「しないしない、しないから安心しろ」
「…でもでもたちばなくん欲張りだから一人で食べようとするかも…」
「するか! そんなクズではないから早く言え」
ピザなんかより用件のほうが気になるのでテーブルに向かい座って催促させた。
「…たちばなくんは相変わらずだよね、全然変わってないの」
「そうか? 俺もあんたらほどではないけどかなり変わったと思うんだが」
そう言って髪を触った。背も高くなって顔もいっそう素敵になって男らしくなったと自負するけど…
「相変わらずせっかちで、バカみたいな顔をしているから」
「……ざけてるのか」
「…たちばなくん妙だと思わない? かなちゃんとゆうやくんの変わった姿」
話をそらすな…と言いたいけどこれが用件のようで、俺もとても気になったことだ。
「もちろん変だよ。元気だった香菜は跡形もなく、人のいい裕也の姿も…感じられないし」
「…さすがにたちばなくんでもそのくらいは気づくんだね……ふぅ、よかった」
ん? 何だろう、どうして俺がバカにされているような気がするんだ? それよりどうしてこんなに生意気になった。
「…実はたちばなくんがいない間、かなちゃんとゆうやくんの仲が悪くなったの」
「ん? どうして…」
秋奈は手のひらを伸ばして『それ以上は聞かないでパンダの箱なの』と言った……相変わらず頭は悪いようだ。
「じゃあ、言いたいことって何だ」
「…言いたいことというよりはお願いというか……たちばなくん、かなちゃんとまた仲良くなりたいよね」
「そりゃ当然だろ」
そのため無視されながらも毎日話しかけるんだから。こいつも隣で毎日見たのでそのくらいは分かるんだろう。
「…ゆうやくんは?」
「そりゃ…また親しくなりたいよ」
バン!
「!?」
「じゃあどうしてゆうやくんには声をかけないのよ! 差別してるの!」
秋奈がテーブルをたたいて叫んだ。けど手が痛かったのか『いっ、いたいのよぉ~』と手をなでて、その姿にむかっとした。
「声かけたよ初日に……でもあいつは…お前は分からないけどあいつは俺に···」
「友達じゃないって言われたんだろう」
「なっ! ひょっとして盗み聞きしたか」
「…ウチ、そんなことしないよ、そんなことしなくてもウチには分かるの」
と言って『ゆうやくんのことなら何でも知ってるから』と立派な胸を張って付け加えた……相変わらず裕也好き子みたいだ。それにして…
「お前、胸が本当に大きくなったな」
「…触らせてあげないよ、そしてそれは嘘だよ」
秋奈は麦茶を一口飲みながら言った。
「触るか! ただ言ってみただけで…ん? 何が嘘なんだ? 胸を触らないようにしてくれるのがうそなのか」
「…たちばなくん……むっつりすけべなんだ」
秋奈は細目で見つめた。
ちきしょおおぉ、男の本能がつい大きな胸に反応してしまった…悔しい。ちなみに男の本能は変態ではない。
「じゃあ何が嘘なんだ!」
「…ゆうやくんが言ったこと全部嘘のはずだから信じてはダメ」
そう言って秋奈は『…ポテトピザはいつ来るのかな~』とつぶやいた。今ピザが重要か!
「いったい何のことを…そもそもお前、俺が裕也に何を言われたか分かんないじゃん」
「…ウチ、聞かなくても分かるって言ったの」
「いや、お前は知らない、あいつは勇気を出して話しかけた俺に『昔の友達だけど…まだ友達だと思ってるみたい』と、ぎこちなく笑て自分の友達の前で恥をかかせたの!」
それ以来裕也には話しかけない理由がこれだ。本当に傷ついたってば!
「…やっぱりゆうやくん、演技も上手なんだ」
「今そんなことが大事か! あいつは…」
「ゆうやくんが本気でそんなこと言うと思うの?」
秋奈はまっすぐな目で見つめて堂々と言った。
そりゃ……しない、あの人のいい裕也が心を傷つける言葉を言うはずがない。もっとも知っているが…
「でも!」
「…続けに否定すれば話が進まないの」
「……」
しばらく考え込むと『ピンポン~』とチャイムが鳴って秋奈は『たちばなくんピザだよ、ピザ何だよ~! 早く持ってきて』と催促したので話をいったん中止させた。
その間に秋奈はテーブルの上に置かれていたコショウ味のポテトチップスを投げ捨てた後、上げろって手振りをしたので受け取ったピザが入っているボックスを置いた。すると秋奈は手のひらを載せてそこから出てくる暖かい温もりを感じ始めた。
「…た、たちばなくん、あ、開けてもいいですか」
「はいはい、開けろ」
期待から出る敬語に適当に答えコップを取りに行った。
後ろから『うわ~すごくおいしそうよ~』と、まるで子供がピザに初めて接するわくわくする声が聞こえてきた。
ピザ1つにあれくらいのリアクションとは……秋奈の家、そこまで貧乏ではなかったはずなんだけど、もしかして無理な事業をして倒産したのか?」
「…た、たちばなくん、食べてもいいですか」
「いちいち聞くな」
コップを持ってきた俺はテーブルに座ってコーラを2杯注いで秋奈の方に出した。秋奈はピザ一切れを取って一口かじって恍惚とした表情を浮かべた。
その純真無垢な姿に微笑ましく見つめると目が合って、秋奈は『…あっ! た、たちばなくんも食べるの』と申し訳なさそうにピザ一切れを俺に渡したので、すぐ一口かじって食べた。
ふむ……ベーコンポテトか、香ばしくて味自体は悪くないが刺激的なものが好きな俺のピザランキングでは、下位圏に配置されるしかない。
俺はついてきたタバスコをかけてもう一口食べた。うーん~、よし。ましになった。
「…わぁ~すごいよ、そんなにたくさんかけるなんて、かなちゃんみたい~」
「ん? ああ、そういえば香菜は俺より辛いのが大好きだったっけ」
「…うん、だからウチ全然ついていけないの」
まあ、チビだから当然だろ…でも懐かしいな、ここに香菜と裕也がいたら昔とそっくりだったはずなのに。
あの頃は学校ではもちろん週末にも4人で集まって、おもに香菜や秋奈の家で仲良く無駄な雑談をして遊んだ。
「ところであんた、ピザ初めて食べたんじゃなかったの?」
「し、失礼なの! 食べたことあるの」
怒りながらピザ一切れを取った。
「じゃあご両親が飢えさせるのか?」
「…もぐもぐ、違うよ。いつもたくさん食べて大きくなるように気を使ってくれるの……でも、たくさん食べられなくていつも残すの」
「やっぱチビっ子みたいに小さい理由はあるんだな」
「…なっ! チビじゃないのっ! 見て見ろってこのナイスボディーを」
秋奈は食べていたピザを置いて立ち上がった後体つきを誇示した……うん、ちんちんくりだ。
「ナイスボディーというのはさ、背が高くスリムで出るところは出たことを意味するんだ。あんたのように胸ばかり大きいのを言うのではないんだからわかれ」
「…ふんー、それはよく見ておけってのことなの。ウチもねぇちゃんと同じ遺伝子を持っているからその分は成長するんだ」
「ねぇちゃんって、もしかして
「…うん」
あの頃秋奈の家に行く度に本当よくしてくださって、このチビとは格が違う美しくて清楚な女神様…
「冬姉はあの頃も今のお前よりずっと大きかったじゃん!」
「…ふんー、あっかんべだよ。あの頃のねぇちゃんは今のウチより2歳多かったからできるの、それに胸はもうねぇちゃんを超えたのよ」
な、何だっと! ……確かにこいつの胸は凶暴だけど、冬姉の胸もすごかったはず…! やーべぇ興奮し始めた。
「…たちばなくん、目がやらしくなったの」
「はっ! …くふむ、うちら話が漏れたようだが、回してもいいかな」
「…うんいいの、ウチもう食べ終わったよ」
「もう?」
胸だけが飛躍的に大きくなったのは疑問だが、たかがピザ2切れにギブアップするのを見ると、ナイスボディーがなるのは無理そうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます