3話 5年前 4人の思い出①
父さんの仕事で引っ越しが多かった俺は、5年前ここに来て3人と会えた。
「えっと、だからここはこうして……どうして答えが出ない?」
「それ、前の計算が間違っているの」
転校初日、数学の問題で苦しんでいると隣の席の香菜が声をかけてきた。
「ん? あ! そうか~、ありがとう、えっと…相原さんだったけ」
「うん、よろしく転校生くん。 勉強は前の学校と比べてどう、早い? それとも遅いの?」
「あ、大した差はないと……実はよく分からないんだ、俺、勉強はあまりしないほうだったので」
「そうなんだ…じゃ知らないことがあったら私に聞いてね、教えてあげるから」
活気に満ちて、明るい笑顔が魅力的な子だった。
「へえ~、相原さん勉強上手なんだ」
「クラスで10位圏にやっと入るくらいだから、それほどでは」
「10位圏!? ひとけたじゃない! それ上手なんでは」
「普通だけど…あ、でも転校生くんに比べると私天才かも」
そしてちょっと無礼だった。
「くっ、俺もやればひとけたくらいは余裕で…なめるな!」
「ぷっ、冗談だよ~。でも転校生くんの反応面白いね。勉強以外にも学校について知らないことがあればいつでも聞いてね、この先輩が教えてやるから」
「先輩って…でもありがとう。じゃ、さっそくお願いしてもいいか?」
香菜は『なになに、言ってみな~』と、ノリノリだった。
「ここ、バスケ部あるよね」
「うん。もしかして入るつもり?」
「ああ、そのつもり。実はここにバスケ部があるのを知ってここを選んだの」
「へえ~、そうなんだ。転校生くんバスケは上手なのか~、勉強はできないのに」
「あんたね!」
「ふふっ、また冗談だよ~、放課後に案内してあげるよ」
香菜はよく笑い、何より人の心を見抜く子だった。
他地からきた俺に気兼ねなく接してくれたのがその証拠で、実際にその配慮に急速に親しくなったから。もちろん親しくなってからは余計な話題でよく喧嘩したが、翌日になると何事もなかったかのように接することができる大切な友達だった。
最初は無礼な友達……後にはかけがえのない友達。
◇◆◇◆◇◆
秋奈はいつも香菜にくっついている気が小さい子だった。
「こちらは私の友達の白木秋奈、こちらはご存知のように転校生の立花湊くん」
「よろしく」
「!?」
手を差し出すと秋奈は香菜の後ろに隠れた。
「えっと、これ何?」
「ごめん、理解してね。アキナは人見知りがひどいみたいで」
「みたいってあんたの友達だろ」
「実は親しくなったばかりなので…それより叫ばないでくれる? アキナが怖がってるじゃん」
秋奈は頭をひょっこり突き出してまた隠れた。
「叫んでない、ただ言っただけだ」
「じゃあ、立花くんの顔が変だから隠れるのかな?」
「変じゃない!」
「だから大声を出すなって、アキナがまた怖がっているじゃん」
そして秋奈を優しく抱きしめて、子供をなだめるように頭を撫でて安心させた。
「あきなちゃん怖かったね~、ごめんね。でも、立花くんも悪気はなかったの、あきなちゃんと親しくなりたくて近づいただけだから許してあげよう」
「…うん……ゆ、ゆるす」
なぜ俺が許しを受けるのか理解はできなかったが、余計なツッコミをすれば怒られそうだったのでやめた。
「ああ見えても立花くんはいい人だから、よかったらお互い友達にならない?」
「いじめないの?」
「いじめないよ。もしいじめても私が叱ってあげるからしんぱいしないで」
「…うん、ウ、ウチがんばって友達になる」
秋奈は、香菜はニッコリ笑うのを見て勇気を出して俺に手を差し伸べたが…
「すみませんが断ります。俺は頼まれて友達になるのは友達ではないと思う人なので、それに白木さんと友達になりたくないです」
「…あう、その……あ、あ」
「ふざけてどうするバカバナ! アキナはせんさいな子なの」
「いてぇ〜! 鼻を引っ張るな、赤くなるじゃん」
「今それが大事なの? アキナを見ろって」
秋奈は絶望に陥った顔をして涙を流し始めた……気に入らなかった。
「アキナちゃん泣かないで、あんな無礼な奴はほっといてあっちへ行こう、他の友達紹介してあげるから」
「…くす、いじめないの?」
「うん、いじめないいじめない。他の友達はみんな優しい子だけで、私もあんな悪い子とは絶交するから安心してね」
「なっ! 相原ちょっと俺友達になる、さっきの言葉取り消す! 頼まれてでも…いや、頼んででも友達になるから、卑しい私と友達になってください、白木様!」
大切な友達を失うかもしれないという不安感に、必死で頼んだ。
「…ひいっ! こ、怖いよ……」
「アキナ、ここまで言うからもう一度頑張ってみよう、ねぇ?」
「…うん、頑張ってみる。ウチと、と、とも、だちに、なって、ください」
「……よろしく白木さん」
言葉だけの友達、気に入らなかった。
頼みで友達になっただけで自己主張もまともにできない子。香菜がいない世界で会ったらこの子と絶対親しくなったはずがない。
しかし一緒に過ごしているうちに秋奈の小心な性格を理解し始め、俺を怖がっても気にせず声をかけた。すると秋奈も俺のことを楽に思ったのか先に話しかけたり、香菜の影響を受けたせいか、こいつも無礼になり始めた。
最初は友達の友達……後にはかわいい友達。
◇◆◇◆◇◆
裕也はとても大人っぽい子だった。
「相原、あの子の名前何だっけ」
「長瀬よ、長瀬裕也。どうして聞くの」
「ただ興味ができて」
「長瀬くん、男なんだけど?」
香菜は驚いた顔で俺を見た。
「当然のことをなぜ言う」
「いや、あの……いや! 愛はいろいろだから、うんうん。私は理解してあげるよ」
「理解するな! ただ親しくなろうかと思って聞いただけだ!」
「じゃあ声をかければいいじゃん」
「いや周りに人が多いじゃん。それに嫌だと断られたら…恥ずかしいから」
香菜は細目で俺を見て『ヘタレ』とつぶやいた。
「断られる痛みを知っている人が、アキナの誘いを断ったの?」
「それは頼まれて友達になれって言うからで、友達とは徐々に仲良くなるのが友達だと思う」
「ばかばかしい。それなら先に友達になってもっと仲良くなっていけばいいんじゃない。そんなことは鶏が先か卵が先かという意味のないことなのよ」
「だから友達になったじゃないか、ほんと小言が多いな」
「ところでどうして親しくなろうとするの?」
「大人っぽくてかな」
数日前、クラスでささいな誤解ではじまったことが、一人が孤立する状況まで広がるのを、何の関係もない裕也が落ち着いて解決していた姿が印象的だった。
それで興味を持って見守ってみると、勉強もできる、運動もできる、性格まで良いカンペキな人だった。そのためいつも裕也の周辺には老若男女問わず大勢の人が集まっているので話しかけるタイミングがない。
「だよね~かっとなったり怒ったりもしなく、それに友達も多くって女の子には絶大な人気を誇るし、誰かとは本当に違うよね~」
「ああ、俺もああなりたい」
「……その必要はないと思う」
「ん? 何が?」
香奈は急に気分が悪くなったのか気に入らない顔をしていた。
「秋奈も小心者だからといって問題だとは思わない、そんな子もくじけずに生きていけるから」
「はあ? いきなりどうした?」
「憧れるのはいいけど、その人のようになる必要はないということなの」
「だから何の話よ?」
「さぁ~、鏡を見れば分かるんじゃない? 今ぶさいんだから」
「だから何がだ!」
香菜はぷいっとした。
「でも、友達を作るのはいいことだと思うから親しくなってみて。もし長瀬くんに話しかけられなくて友達になれなかったら、私は一生ヘタレミナトくんと呼ぶから」
一体何を言っているのかはさっぱりだったが、香菜の挑発から勇気を得て裕也に話しかけた。
すぐ親しくなったわけではないが『あんた、運動上手だな~』と言って、バスケ部にしつこく勧めた。
周りの女の子たちに『ゆうやくんに迷惑かけないで』と叱られたが、遠くから見守っている香菜のあざ笑いにあきらめずに誘いに成功した。そして友達になった。
初めは憧れの友達……後には頼りになる友達。
恥ずかしいんで言えないが、俺はこの3人ともう一度楽しい過ごすのを望んでここに帰ってきたのだ……中学生の時の暗鬱だった過去を後にして。
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