第13話 野球選手と研究少女の異世界ドリーマーズ・ハイ!

 一の魔王。永久欠番スペードエース

 二の魔王。結晶堕天サンキャッチャー

 三の魔王。夢喰メフィストフェレス

 四の魔王。心臓キーストーン

 五の魔王。三重殺しホットコーナー

 六の魔王。うたうたいショートショート

 七の魔王。黒犬ベターレフトアンサイド

 八の魔王。センターオブワンダー

 九の魔王。白竜スターライトレジェンド

 かつて世界を支配していた玖神ベストナインは、勇者“殿堂入りグランドスラム”によって滅ぼされた。


 それから遥か時は流れ。

 二の魔王、結晶堕天サンキャッチャーの力を受け継いだ少女は、昨日の騒動で癒えた体で、野球ボールを投げていた。

 異世界から来た、野球選手とキャッチボールをしていた。


「おっ。センスあるじゃねーか」

「ふっふっふ、これで私もヤキューセンシュですね――おわっ」


 グローブにボールが納まる音に、胸を突き出して鼻を鳴らすクラミナの声が混じる。だが直ぐに“空中で静止したボール”を見てひっくり返ると、今度は和夢が悪戯じみた顔で見下す。


「“止まる魔球チェンジアップ”だ。ほら、野球選手なら取らないと」

「す、すご……じゃなくて! キャッチボールで魔球は禁止です!! 一瞬世界中の時間が停止して、無抵抗で嫌らしい事をされるかと思ったじゃないですかーっ!」

「錬金術師ってのは大した想像力だこと」


 やれやれと肩を竦めながら、怒りのままにクラミナが投げてきたボールを取る和夢。一方冷静になってきたクラミナはふと尋ねた。


「後悔しませんか。私に着いてくること」

「落ち目の時に寄り添えないなんてファン失格だろう」

「私は落ち目じゃないです。直ぐに着いてきて良かったと言わせてやりますよ」


 キャッチボールは続く。クラミナがこんな質問をするまで。


「君は一体、本当に何者なんですか?」

「昨日も言ったろう。ただの野球選手だ」

「いえ。やはりあの魔球は、普通じゃないです。私達の常識から見ても」

「“鑑定”でも駄目なのか?」

「魔球は、“鑑定”でも分析できません。あれは魔力とは別の、何か別の何かが働いています。でも、機械仕掛けではないことも確かです。剣で魔術をあんなに跳ね返せたのだって、まだ納得がいけてないですし」

「へえ」

「へえって、カズム君、自分の力なのに興味無いんですか」

「……」


 和夢は何も答えなかった。そこでキャッチボールは一度途切れた。


「それにあの“消える魔球クロスファイヤー”……玖神スターティングメンバーの第一の魔王、永久欠番スペードエースの力に似ているんです。伝承でしかないですが」

「……俺はこの世界の住民じゃない。他人の空似だと思うぜ」

「ええ。私もこの仮説は正直馬鹿馬鹿しいと思ってますが」


 地球から来たはずの和夢が、伝説の魔王の力を使えるわけがない。

 そう思ってはいるが、馬鹿馬鹿しい仮説を捨てられない。錬金術師特有の直観が、クラミナの心を不必要に揺れ動かす。

 話題を変えるように、和夢が独白する。


「でも、俺の世界じゃ、“魔球”を投げられるのは俺一人だった。そして、アンタみたいな扱いを受けてた」

「カズム君も、世界中から追われていたんですか?」

「ある意味な……俺はただ、野球をしたかっただけなのに」


 後味の悪い空気を断ち切るように、クラミナがボールを投げ渡した。


「似た者同士なんですね。私達」


 それを聞いて、和夢もフッと笑う。


「“バッテリー”を組むには丁度いいかもな」

「バッテリー?」

「野球では、投手ピッチャー捕手キャッチャーをセットでそう呼ぶんだ。この場合俺が投手ピッチャーで、クラミナさんは捕手キャッチャーだ」

「いいでしょう。全身全霊の応援ボール、受け止められるようになりますよ」

「ま、そういう事だ。さて、どうする? 契約主さんよ」

「北へ。気になる素材があるんです。ま、でも進むのは明日からですね」


 薄闇が鎮座を始めた頃、キャッチボールを止めて野営の準備に取り組んでいた二人。

 しかし突如、火を焚いていた和夢に興奮冷めやらぬ様子のクラミナが密着する。

 間髪入れず、まだ完全な黒には至っていない夜空を指さした。


「あ、見てくださいカズム君! 流れ星ですよ! ねえねえ! 流れ星ですよ!」

「えっ? いや、星は綺麗だが……」


 距離感。

 女子の体って柔らかいな。と言いかったが、ここはぐっと堪える事にした。

 これまで、ずっと孤独だった事の反動のようなものだろう。

 

 こんなに何かに夢中な彼女を見たくて、死地へと身を投じたのだから。


「カズム君! 何願いましたか!?」

「そういうあんたは何を願ったんだよ」

「勿論“賢者の石イェヒオールを見つけられますように”、ですよ」

「ま、だろうな」

「あと、君が言っていた“壊れちゃった夢”。直りますようにって願っときました」

「……」


 上目遣いでクラミナが見上げた先、顔を逸らす和夢がいた。


「私だけ夢に命を懸けられるのは不公平です。君の夢も、話したくなったら話してくださいね」

「少なくともこの世界じゃ叶うものじゃないさ。だから忘れてくれ。それに今の俺の夢は、あんたの夢を――」

「いーやーでーす!」


 逃げ道を奪うように、膨れ面の小さなローブが前に立ち塞がり、和夢の話を遮る。


「ちゃんと話してくださいねっ! 異世界の事だけじゃなくて、君の夢のこと! 君の身に何が起きたか! やっぱ今!」

「何でそこまで聞きたがるんだよ。あんたの夢には関係ないのに」

「惚れ返したって奴です! そういう事にしとけっ!」


 直後のぼせ上ったような紅潮っぷりで、「……お返しです」とか細い声をされては和夢も反応に困る。野球一筋で、恋愛の練習は高校では履修してこなかった。


「私、聞き忘れてませんからね。『私に惚れた』っていうの」

「あー、あれは……勢いで言ったというか……」

「ほうほう、つまりはつまりはですよ、本心からの言葉って事ですね」


 和夢を更に恥ずかしくさせようと、負けじと回り込む。更に密着すると、足りない身長差を補おうとつま先立ちになって、寄り掛かってくる。

 だが、和夢の身長は190㎝に届かん勢い。140cmのクラミナでは、まだ足りない。

 自分の小ささを自覚して一瞬苦い顔をすると、茫然とする和夢の背中に掛かっている藍色のバットケースを引っ張り、いともあっさりと座り込ませてしまった。

 

 そこまでして、クラミナが何をしたかったのか。

 和夢が悟ったのは、押し倒された時でも、クラミナにマウントを取られた時でもない。

 頭突きをする勢いで、不器用に唇を合わせた時だった。


「き、キス程度が何ですかっ! そんなんで惚れたと言えるんですかっ!」


 顔を上げたクラミナが、噴火しそうなくらいに火照った顔で和夢を見下ろしていた。

 ああ、そうだ。

 今、キスをされたのか。

 唇の感触を只管思い返しながら、気の利く言葉を必死に探す。


「いや、もう少しファーストキスって……こう、ロマンチックだと思ってたから」


 気の利く言葉は用意できなかった。

 どうやら暴走するクラミナを、更に逆撫でしてしまったようだ。


「仕方ないでしょう私だって初めてなんだから……! 今のナシ! もう一回、今度は歯が当たらないように……!」

「待ってくれ、俺の感情が追い付いてない、頼む」


 心臓を握ってくる桃色の感触から必死に目を逸らしていると、先に立ったクラミナが和夢へ手を差し伸べるのだった。


「言ったはずです。私の夢、半分あげるって! だから君の夢も半分私に寄こしなさいっ! それが言いたかった!」

「……」


 仁王立ち。

 散らかる星空を背景に佇む小さな体が、和夢には大きく感じられた。同時に、また夢を嗤う輩から守ってやりたいくらいに小さく感じられた。


「はぁ。俺はとんでもない奴の夢を応援する事になっちまったな」

「今更気づいたって、時すでに遅しという奴ですよ。もしかしたら私を見捨てておくのが正解だったかもですね。折角異世界に来たってのに残念ですね」

「いや、残念なもんか」


 クラミナに引っ張られて立ち上がると、今度は和夢の番。

 手を拳にして、クラミナの前に突き出した。


「あんたの夢にも、そしてあんた自身にも多分惚れたんだわ」

「……病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、一緒に栄冠を輝かせたいくらいに、私も惚れてますよ」


 クラミナも拳を突き出した。

 初めてのキスの後には、初めてのグータッチがあった。


 渺茫びょうぼうと広がる星空の下、そうして二人は漂流する。

 世界を乗り越えて、始まった夢を追う研究少女。

 世界を乗り換えて、終わった夢を探す野球青年。

 これは、そんな奇妙なバッテリーが、夢を叶える青春物語である。




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