第13話 野球選手と研究少女の異世界ドリーマーズ・ハイ!
一の魔王。
二の魔王。
三の魔王。
四の魔王。
五の魔王。
六の魔王。
七の魔王。
八の魔王。
九の魔王。
かつて世界を支配していた
それから遥か時は流れ。
二の魔王、
異世界から来た、野球選手とキャッチボールをしていた。
「おっ。センスあるじゃねーか」
「ふっふっふ、これで私もヤキューセンシュですね――おわっ」
グローブにボールが納まる音に、胸を突き出して鼻を鳴らすクラミナの声が混じる。だが直ぐに“空中で静止したボール”を見てひっくり返ると、今度は和夢が悪戯じみた顔で見下す。
「“
「す、すご……じゃなくて! キャッチボールで魔球は禁止です!! 一瞬世界中の時間が停止して、無抵抗で嫌らしい事をされるかと思ったじゃないですかーっ!」
「錬金術師ってのは大した想像力だこと」
やれやれと肩を竦めながら、怒りのままにクラミナが投げてきたボールを取る和夢。一方冷静になってきたクラミナはふと尋ねた。
「後悔しませんか。私に着いてくること」
「落ち目の時に寄り添えないなんてファン失格だろう」
「私は落ち目じゃないです。直ぐに着いてきて良かったと言わせてやりますよ」
キャッチボールは続く。クラミナがこんな質問をするまで。
「君は一体、本当に何者なんですか?」
「昨日も言ったろう。ただの野球選手だ」
「いえ。やはりあの魔球は、普通じゃないです。私達の常識から見ても」
「“鑑定”でも駄目なのか?」
「魔球は、“鑑定”でも分析できません。あれは魔力とは別の、何か別の何かが働いています。でも、機械仕掛けではないことも確かです。剣で魔術をあんなに跳ね返せたのだって、まだ納得がいけてないですし」
「へえ」
「へえって、カズム君、自分の力なのに興味無いんですか」
「……」
和夢は何も答えなかった。そこでキャッチボールは一度途切れた。
「それにあの“
「……俺はこの世界の住民じゃない。他人の空似だと思うぜ」
「ええ。私もこの仮説は正直馬鹿馬鹿しいと思ってますが」
地球から来たはずの和夢が、伝説の魔王の力を使えるわけがない。
そう思ってはいるが、馬鹿馬鹿しい仮説を捨てられない。錬金術師特有の直観が、クラミナの心を不必要に揺れ動かす。
話題を変えるように、和夢が独白する。
「でも、俺の世界じゃ、“魔球”を投げられるのは俺一人だった。そして、アンタみたいな扱いを受けてた」
「カズム君も、世界中から追われていたんですか?」
「ある意味な……俺はただ、野球をしたかっただけなのに」
後味の悪い空気を断ち切るように、クラミナがボールを投げ渡した。
「似た者同士なんですね。私達」
それを聞いて、和夢もフッと笑う。
「“バッテリー”を組むには丁度いいかもな」
「バッテリー?」
「野球では、
「いいでしょう。全身全霊の
「ま、そういう事だ。さて、どうする? 契約主さんよ」
「北へ。気になる素材があるんです。ま、でも進むのは明日からですね」
薄闇が鎮座を始めた頃、キャッチボールを止めて野営の準備に取り組んでいた二人。
しかし突如、火を焚いていた和夢に興奮冷めやらぬ様子のクラミナが密着する。
間髪入れず、まだ完全な黒には至っていない夜空を指さした。
「あ、見てくださいカズム君! 流れ星ですよ! ねえねえ! 流れ星ですよ!」
「えっ? いや、星は綺麗だが……」
距離感。
女子の体って柔らかいな。と言いかったが、ここはぐっと堪える事にした。
これまで、ずっと孤独だった事の反動のようなものだろう。
こんなに何かに夢中な彼女を見たくて、死地へと身を投じたのだから。
「カズム君! 何願いましたか!?」
「そういうあんたは何を願ったんだよ」
「勿論“
「ま、だろうな」
「あと、君が言っていた“壊れちゃった夢”。直りますようにって願っときました」
「……」
上目遣いでクラミナが見上げた先、顔を逸らす和夢がいた。
「私だけ夢に命を懸けられるのは不公平です。君の夢も、話したくなったら話してくださいね」
「少なくともこの世界じゃ叶うものじゃないさ。だから忘れてくれ。それに今の俺の夢は、あんたの夢を――」
「いーやーでーす!」
逃げ道を奪うように、膨れ面の小さなローブが前に立ち塞がり、和夢の話を遮る。
「ちゃんと話してくださいねっ! 異世界の事だけじゃなくて、君の夢のこと! 君の身に何が起きたか! やっぱ今!」
「何でそこまで聞きたがるんだよ。あんたの夢には関係ないのに」
「惚れ返したって奴です! そういう事にしとけっ!」
直後のぼせ上ったような紅潮っぷりで、「……お返しです」とか細い声をされては和夢も反応に困る。野球一筋で、恋愛の練習は高校では履修してこなかった。
「私、聞き忘れてませんからね。『私に惚れた』っていうの」
「あー、あれは……勢いで言ったというか……」
「ほうほう、つまりはつまりはですよ、本心からの言葉って事ですね」
和夢を更に恥ずかしくさせようと、負けじと回り込む。更に密着すると、足りない身長差を補おうとつま先立ちになって、寄り掛かってくる。
だが、和夢の身長は190㎝に届かん勢い。140cmのクラミナでは、まだ足りない。
自分の小ささを自覚して一瞬苦い顔をすると、茫然とする和夢の背中に掛かっている藍色のバットケースを引っ張り、いともあっさりと座り込ませてしまった。
そこまでして、クラミナが何をしたかったのか。
和夢が悟ったのは、押し倒された時でも、クラミナにマウントを取られた時でもない。
頭突きをする勢いで、不器用に唇を合わせた時だった。
「き、キス程度が何ですかっ! そんなんで惚れたと言えるんですかっ!」
顔を上げたクラミナが、噴火しそうなくらいに火照った顔で和夢を見下ろしていた。
ああ、そうだ。
今、キスをされたのか。
唇の感触を只管思い返しながら、気の利く言葉を必死に探す。
「いや、もう少しファーストキスって……こう、ロマンチックだと思ってたから」
気の利く言葉は用意できなかった。
どうやら暴走するクラミナを、更に逆撫でしてしまったようだ。
「仕方ないでしょう私だって初めてなんだから……! 今のナシ! もう一回、今度は歯が当たらないように……!」
「待ってくれ、俺の感情が追い付いてない、頼む」
心臓を握ってくる桃色の感触から必死に目を逸らしていると、先に立ったクラミナが和夢へ手を差し伸べるのだった。
「言ったはずです。私の夢、半分あげるって! だから君の夢も半分私に寄こしなさいっ! それが言いたかった!」
「……」
仁王立ち。
散らかる星空を背景に佇む小さな体が、和夢には大きく感じられた。同時に、また夢を嗤う輩から守ってやりたいくらいに小さく感じられた。
「はぁ。俺はとんでもない奴の夢を応援する事になっちまったな」
「今更気づいたって、時すでに遅しという奴ですよ。もしかしたら私を見捨てておくのが正解だったかもですね。折角異世界に来たってのに残念ですね」
「いや、残念なもんか」
クラミナに引っ張られて立ち上がると、今度は和夢の番。
手を拳にして、クラミナの前に突き出した。
「あんたの夢にも、そしてあんた自身にも多分惚れたんだわ」
「……病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、一緒に栄冠を輝かせたいくらいに、私も惚れてますよ」
クラミナも拳を突き出した。
初めてのキスの後には、初めてのグータッチがあった。
世界を乗り越えて、始まった夢を追う研究少女。
世界を乗り換えて、終わった夢を探す野球青年。
これは、そんな奇妙なバッテリーが、夢を叶える青春物語である。
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