第12話 消える魔球。

「お前達は手を出すな……あの凡愚は俺の手で消し炭にしてくれよう……!」


 明らかに周りの兵とは異なる、黒いクロスボウ。苛立ちを込めた指をトリガーに通しながら、マッドの巨体が馬から降りる。

 一方、和夢の後ろでは“鑑定”を光らせるクラミナが、表情を渋くしていた。


「気を付けて下さい。あのクロスボウ、錬金術による強化が為された特注品です。取り巻きとは比べ物にならない火力で撃ってきますよ」

「へぇ」


 ごちゃごちゃ考える余裕はない。

 どうせ打席で出来る事は、馬鹿真面目にバットを振るう事だけだから。

 既に崩壊が始まっているバットを、自然体で構える。


「来やがれ、坊ちゃん」

「散れ、凡人」


 クロスボウのトリガーが引かれ、光の球が真っすぐ飛ぶ。力強いだけでなく、地を這う速度も速い。

 だが、足を踏み出した和夢は球筋を見切っていた。


 魔術と剣の正面衝突。

 刹那の膠着。

 腕を伝わる衝撃で筋肉が悲鳴を上げる。


「ピッチャーライナーは好きじゃないんだが、な!」


 ヒット。力で無理やり押し返す。

 刃が跡形もなく粉砕したと同時、魔術が反転した。

 轍をなぞって逆走し、遂にマッドの巨体にて爆散する。

 強力な火の魔術。離れた和夢とクラミナさえ後ろに追いやられるほどの爆散。飛び散る火の粉と一緒に、黒焦げになった取り巻きの兵士たちが四方八方へ飛び散る。

 マッドは煙に塗れて見えないが、とても原型を保っているとは思えない。


「やったか!」

「……カズム君。やってないフラグって、君の世界には無かったんですか?」

「え? そういえば兄貴がそんな事言ってた気がするが……」


 てかフラグって何だ、と思案していると、晴れていく煙に動きがあった。

 影が揺らめく。鮮明になるにつれ、和夢とクラミナは言葉を失う。

 人の形をした光。虹色の結界に抱かれながら、煙の中を行進してくる。


自動結界展開機構オートバリア……」


 あれだけの爆発にもかかわらず、一切の欠損が無い。傷も全く無い。汚れさえ見受けられない。

 違和感を与えるほどに“綺麗”だったマッドは、散歩でもするかのような余裕を見せながら歩いてくる。


「俺の鎧は特殊な魔導器だ。強力な魔力が貯蔵庫として含まれている。例え最上級魔術であろうとも真正面からでも防げるほどの結界バリアを自動展開されるよう、錬金術に付与と調整を尽くされている!」


 爆発さえも自動的にバリアが守ってくれる。そんな夢のような機械を見て、和夢は馬鹿馬鹿しく息を漏らす。


「要は安全地帯製造機か。好きだねぇ、安全地帯」

「負け惜しみもそこまで来ると愛おしいな。錬金術とはこうやって使うのだ。思い知ったか、凡愚ども! このまま結界で押しつぶしてやる! さっきから鬱陶しい剣術も、この結界の質量の前にはどうしようもあるまい!」

「剣術じゃねーよバッティングだ」


 クラミナが後ろで服を引っ張る。


「カズム君。やはり逃げましょう。幾ら何でもあれは厳しいです」

「大丈夫だよ、クラミナ。あんたが作ってくれた夢の欠片が、夢を嗤うアイツに勝つ瞬間を見せてやる」

「夢の欠片?」


 問うクラミナに、和夢はポケットから取り出して見せた。

 クラミナが錬成した夢の欠片、即ち野球ボールを。


「この野球ボールなら投げられる。魔球を、


 野球ボールを指先でスピンさせつつ、迫りくるマッドへ向き合う。


「おい坊ちゃん。無駄だとは思うが、一応言っておく」

「ふん、今更命乞いか? 命以外の全てを奪うのもありだな」

「ああ。おたくの命乞いだ」

「凡愚め、まだ分からんか! 俺の自動結界展開オートバリアは最上級魔術でも貫通し得ない!」


 この異世界に野球は存在しない。けれど、野球人としての矜持は常にある。

 和夢が野球ボールを持つか度、矜持は兄の姿で現れ、和夢に問う。


『お前は野球の魂で反撃するか?』 

『それとも事ここに至っても野球道具は人を傷つける為にある訳じゃないと、素手で何とかするか?』


「……野球は人を傷つけデッドボールする為に生まれたんじゃない。だから、ここで引いてくれるなら、俺も誇りを守れるからウィンウィンなんだが」

「ヤキュージン? なんだそれは、貴様さては醜き魔族だったのか?」


 これ以上は無益だと、瞼を閉じて観念する。


「忠告はした。恨むなよ」


 そして、グローブに野球ボールを納め、大きく振りかぶる。

 力を伝導させる。

 足から腰へ、腰から肩へ、肩から腕へ。腕から指先へ。

 指先にかかった、野球の魂ボール

 人生で最後の球のように愛おしく、最後の一押しをする。



「 “消える魔球クロスファイヤー”」



 白い球が遂に解き放たれた。

 クロスボウの魔術にも劣らない迫力で、空気を貫き進んでいく。

 その先で、自動結界展開機構オートバリアを展開したマッドが、安全地帯から鼻で笑っている。


「そんなもの! 結界バリアで跳ね返してやる!」



 そして、魔球は牙を剥く。

 



 マッドの顔が強張る。


「なっ、ど、どこに、どこに消え――」


 そして、野球ボールが出現した。


「ひ、ぎああああああああああああ!?」



「あ、あ、あ、あ、あ」


 肉も骨も突き破って破裂した右腕を抑え、呻きながら巨体が倒れる。ぶら下がっているだけの右腕を、血の上で庇いながら。

 誰も近づこうとしない。爆風から難を逃れた兵士達も、歴然とした敗北の光景に戦々恐々と佇んでいた。クラミナも、目前で起こった破壊ストライクに理解が追い付いていないようだ。


「バッターアウト、ってか」


 悶えるマッドを見下ろすは一人だけ。

 魔球の使い手、和夢だった。


「ようこそ安全地帯の外へ。夢の味はどうだ?」

「な、何故、結界バリアが効かない、いま、今何を、何をしたああ!?」

「魔球を投げたんだよ。消える魔球をな。結界だろうがバットだろうが、一度消えたら打つのは不可能だ」


 転がっていた野球ボールを拾う。染みたマッドの血を見て、残念そうに目を瞑る。


「な、何故、右腕、吹き飛んで」

「厄介なことに、何もない空間でのみ出現するとか、そんな都合は良くない。。野球を楽しむにはとても不向きな魔球だ」


 舌打ちでどこか無念を体現した和夢だったが、すぐさま羊を喰らわんとする狼の目でマッドを見下ろすのだった。


「けどよかったなぁ。やられたのが腕で。次は心臓か脳あたりで出現させようか?」

「い……!」

「これが、てめぇが嗤った夢の力だ」


 戦意喪失。右腕の激痛すら無視し後退りするマッドの目には、生命への執着しか無かった。


「ひ、退けええええええええ!!」


 蜘蛛の子を散らすように、マッドを含めた兵士達は退散していく。

 周りで見ていた観衆達も、悍ましさからか和夢とクラミナから引潮のように去っていった。

 ブーイングよりも冷たい反応も寧ろ心地よく感じながら、ただ一人ぽつんと佇んでいたクラミナの下へ向かった。


「わり。やっぱ命を奪うのは気が引けたわ」

「……いえ。ありがとうございます。おかげで、私はまだ賢者の石イェヒオールに近づけそう、です」

「っと」


 膝から崩れるクラミナを支える。

 縛っていた結界のダメージや、先程まで夢を諦めていた事もあって、一気に疲労が来たのだろうか。


(軽……、思えば小さいもんな。こんな体でまあ良くも頑張ってきたもんだ。あーくそ、女の子の感触がするな。平常心平常心)


 小さくも柔らかく、理性を奪う塊から理性を守りながら、「大丈夫か」と声を掛けようとしたところでクラミナが口を開く。


「聞かせてください。さっきのは……もしかして、玖星ベストナイン第一の魔王の……永久欠番スペードエースの力に……似てました……」

「なんだそりゃ。ただの野球選手だよ」


 納得がいっていないクラミナに、観念して更なる詳細を告げる。


「ま、その野球技術を軍事利用させられそうになっていたがね。あのジェット機も、元々極秘の研究施設に向かう為のものだった」

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