第11話 研究少女と野球少年。異世界で無事契約成立


「なっ……魔術を、打ち返した!?」


 自分達に当たる魔術を見切り、それらを青空の彼方へ吹き飛ばした。

 シンプルな結果だが、誰もが納得できかねる唖然とした表情を醸し出していた。


 確かに和夢が手にした剣も、相応の強度が付与され、かつ体内の魔力で刃を強化できる代物だ。だが和夢に魔力は無い。

 芯に当てられたとして、ただの人間に魔術を跳ね返せるはずが無い。


「カズム……くん?」


 クラミナの目前に立つ、深海の如く凍てついた寂寞の眼光を前に、哄笑が途絶えた。


「おら。次来いよ。正直メジャーの方が、いい球だけどな」


 打者の構えパワーポジションを取った和夢は難しい事を考えていない。

 打席に立ったらフルスイング。

 それだけだ。


「マッド。てめー、泥に塗れた事がないだろ」

「……泥? ふん、何を言ってやがる」

「徹夜で理論を書き殴った事もないだろ。これ以上は死ぬって所まで走り込みした事ないだろ。夢を諦めようと、悔し涙を流した事もないだろ」

「ふん、貴様は何を言っている? そんな必要は無い。優れた人間には優れた成功までのプロセスが存在する。つまり、俺はどんな夢だろうと成功が確約している訳だ」

「それは死ぬまでの暇潰しだ。夢ってのは、安全地帯にはねえんだよ。坊ちゃん」

「……この!」


 憤慨に呼応した兵士たちが今度は20人、クロスボウに魔術を装填して解き放った。

 先程よりも密度の濃い魔術の群れ。しかも今度は先程のように同じタイミングではない。これでは一振りですべての魔術を打ち返すことは出来ない。

 しかし。

 死と背中合わせの状態にあって、寧ろ和夢の集中は研ぎ澄まされる。


「あの辺りが狙いドコか」


 バットを構えた和夢の脳裏に浮かぶは、やはりホームベースからの景色。

 相手が敷いた守備シフトのうち、どこに穴があるか。

 バッターの仕事は、何もホームランを打つことだけじゃない。


「っらあ!」


 再び迷いなく弧を描く。しかし先行していた数個の魔術を弾き返しただけで、残りの魔術はまだ迫ってきている。

 しかし打ち返した魔術は、和夢の計算通り互いに衝突を繰り返し、空中で綺麗な花火となる。


「こいつ、後ろの矢を狙って――!?」

「ファールボールにご注意ください」


 光と煙の中から、数個の魔術が飛び出す。マッド側へ。

 前にいた兵士たちの足元へ着弾した魔術が、爆炎を巻き起こしていた。


「うわあああああ!?」


 混乱する兵達。その煙に何も思う所なく、所々欠けてヒビが伝わっていた剣を、またバッターとして構える。


「おい、クラミナ」


 そのまま、後ろで呆気に取られていたクラミナへも怒りをぶつける。


「……勝手に俺を言い訳にして、夢を諦めんな! 不愉快極まる!」


 和夢を逃がす為に、囮になった。和夢がちょうどいいタイミングで現れてくれた。

 だからこそ、和夢を助ける為に夢を諦めたとあれば、踏ん切りがつくと思っていた。


「仕方ないじゃないですか。本当は、終わりにしたかったんです。もう捕まってもいいかなって、元々思ってましたから。一人で夢に立ち向かうのは、疲れたんです」


 異世界の事は分からなくとも、少女の心理だけは的確に読み解けていた。


「……そりゃ夢でしたよ。子供のころからの夢だった! 賢者の石イェヒオールを見たかった! 世界の始まりが一体何なのかって、考えて眠れない夜が沢山あった! でもそんな興味を持つことさえ、この世界はタブーにしている。ましてや、結晶堕天サンキャッチャーは世界中の敵認定……前に君に言ったことは、結晶堕天サンキャッチャーでよかったなんてのは、ただの強がりなんです」

「別にいいさ。強がりたきゃ強がりゃいい」


 また魔術が飛んできた。混沌の中から、統制が取れていない中での流れ弾だった。


「でも俺は知ってる。たった一週間の付き合いだけど、錬金術をするあんたは、ずっと輝いてた。そして今でも、本当のところは夢を捨てきれなくて苦しんでる。そうだろ!?」


 しかし、和夢に油断の文字はない。弾き返した。

 剣身の半分が崩れ落ちた。さりとて和夢はパワーポジションを崩さない。折れた剣だろうと、粉砕するまで使ってやる所存だ。


「逃げてください! その剣、もう持ちません!」

「逃げるのはやめた。国外逃亡なんかしてやるもんか」


 申告敬遠はもう御免だ。

 折れても構わない。死んでも構わない。

 死球が怖くてバッターがやれるか。

 クラミナの地下室にあった紙の束や、血が滲んだペンを思い出す度、元気が出る。


「俺は決めたぜ。この異世界でする事をよ。お前の夢を命かけて応援する」

「……え?」

「 “賢者の石イェヒオール”、一緒に探そうぜ!」


 ずっとバッテリーとなる捕手を探していた投手のように、クラミナの目が大きくなった。


「野球選手だった俺が、異世界にどこまで通用するかは保証できねえ。けどせめて! 笑う奴がいたら、俺も一緒に笑われてやる! 醜く罵られるなら、俺も一緒に罵られてやる! 夜泣いて強がるなら、俺も一緒に泣いて強がってやる! 一人で俺そうなら、二人で立ち向かおうぜ」

「……なんで……そこまで、私の為に」

「知らねーよ。惚れたからって事にしとけ」

「……」

「さあ選べ。いいひと演じて、ただ巻き込まれただけの俺を逃がして、夢からも逃げるか。それとも悪い奴になって、俺を更に巻き込んで、辛い夢を追いかけるか!! 選べ!!」

「私は……」

「ただし、取り扱いに注意しろよ。これでも元メジャーリーガーだ。契約金はべらぼうに高いぞ?」


 ついでの覚悟確認に、クラミナは遂に泣きながら笑った。


「払ってやりましょう。契約金――私の夢の半分、あなたに上げます。だから一緒に地獄まで付き合ってください!」

「契約成立だな!」


 最大限の笑顔で快諾すると、和夢は肩に掛けていたバットケースをクラミナに投げて渡す。


「預かっててくれ」

「何です? これ」

「バット。俺の魂だ。無くすなよ」

 

 自由になった肩で、壊れかけの剣を一回転振り、憤るマッドへ向ける。

 先端の向こう側で、大きい口から歯軋りがした。


「貴様……この俺がマッド=モーニンググローリー侯爵と知っての、モーニンググローリー家当主、シャイン=モーニンググローリーの子と知っての狼藉か!」

「知らんわ自意識過剰。代わりに刻んでけ――元インフィニティドリームズ所属、背番号11番、かなえ和夢かずむ。今は錬金術師クラミナの応援団員第1号。嫌いなのは、てめーのような安全地帯から夢を嗤う奴だ!」


 ――それでは第一試合。

 夢を知らず、そして夢を指差して嗤う異世界の傲慢貴族。

 夢を壊した、それでも夢と一緒に笑う二刀流の元野球選手。

 プレイボール。

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