第9話‎ 異世界というアウェイ戦

 雑踏の流れに従っ、街中央の開けた広場へと辿り着いていた。

 人々の視線が一番集まっている場所で、半透明の立方体に閉じ込められたクラミナが倒れている。

 野次馬とクラミナの間で、武装をした兵達が逃げ道を塞いでいる。少なくともボロボロの少女を助けようという気概は見られない。山から下りてきた熊を警戒するような目つきだ。


 自らも身を隠しながらどう助けたものかと考えていると、人々の視線がクラミナから一斉に移ったのが分かった。馬に乗った豚のような巨体が、手を挙げて英雄の凱旋を表現している。


「見ろ、マッド軍隊長だ」


 情報によれば、この兵達を率いているのは国から軍人としての地位を“買った”金持ちだという。そんな色眼鏡をかけて、大柄なマッドという青年を見る。

 成程。まだ周りを固める兵隊の方が強そうな雰囲気だ。だが権威も持っていて、逆らってはいけない気配を醸し出している。


「にしてもどんな気分なんだろうな。自分の妹を傷つけるなんてのは」

「はあ? 妹!?」


 思わず飛び出してしまった。和夢が指名手配されている事に気づいていないのが幸いだ。


「ああ。マッド軍隊長は、モーニンググローリー当主――“シャイン=モーニンググローリー”の息子なんだよ。これはあくまで噂だが、結晶堕天サンキャッチャーもモーニンググローリーの血縁なんだそうだ」

「元々錬金術で名を挙げた一族だ。あの一族の力は、今や世界中の経済を牛耳って、国王さえ凌いで余りある。知らないのか?」


 知るか。

 しかし寄りにもよって、クラミナは家族から刃を向けられていたというのか。


「諸君! 我らは遂に、世界に仇為す“結晶堕天サンキャッチャー”を捕まえた!」


 自らの権力と実績を喧伝する声が、マッドの口から響く。


「皆の者、外見に騙されてはならん。こいつは“物質変換スイッチヒット”にて、かつて一国を石に変えてしまった“結晶堕天サンキャッチャー”の生まれ変わりだ。これを見るがいい」


 マッドが指を鳴らすと、クラミナを包んでいた結界に突如閃光が迸る。痛そうに顔をゆがめるクラミナの掌から、目前に転がっていた林檎へ光が放たれる。

 強制的に“物質変換スイッチヒット”を発動させたのだろう。

 結果、光を帯びた林檎は、一切の潤いを失った石になってしまった。


「う、うわあ……」


 観衆からはどよめきが、マッドからは小さな笑みが、クラミナからは泣き笑いが浮かんでいた。


「心配するな。この“結晶堕天サンキャッチャー”は責任をもって我らがモーニンググローリー家が管理する」

「ば、バケモノ!!」

「二度とこの街に来るな!」


 石を拾い上げ、左手に装着していたグローブに一度治めた。

 だが感情は治まらず、歯を軋ませる。


 痛いほどわかるからだ。

 夢を、世界に壊された時の悔しさは。


「バケモノ、だと……?」


 ぎりっ、と歯が軋む音がした。


「夢を追いかける女の子の、一体どこがバケモノなんだ……!」

 

 クラミナの意識はある。だが、うつ伏せのまま起き上がれない。見えざる何かに抑えつけられている。

 魔術には詳しくないが、直感で見抜く。クラミナの体を縛ってる力の源泉は、四方に突き刺さっている四つの剣だ。

 答え合わせは、この魔球によって破壊することで行う。

 クラミナとの距離は100m。

 たかだか外野からホームベースくらいの距離。

 ついでに、一般人が100人。クラミナを囲む兵が100人。

 関係ない。


「よーく分かったよ。誰もクラミナの味方をしねえんだって。だったらこの異世界は俺にとっても敵地だ」


 大きく上げた足で、地面を穿ち。

 そのまま体中のバネを一つ残らず振り絞り。

 怒りと共に、右手の石に集注させる。

 いつも通り、やるだけだ。


「いいぜ、アウェイには慣れてる。現実の敵らしく、全力投球で夢を与えてやるよ。野球選手は、夢を与えてナンボだろう」


と口にした時には、腕は大きく回転していた。



「“剃刀魔球カットボール”」

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