第7話 夢を追いかける少女はかっこよくて、眩しい


 潜伏期間中、この異世界について教えてもらった。

 主だった内容は二つ。

 一つ目は、現在地が“メーセ王国”という事。当然聞いたことが無い。

 二つめは、魔術について――この世界の人間や一部の物体には魔力が備わっている。その魔力を、属性に応じた現象として解き放つ能力、それが魔術という。“鑑定スカウティング”も分類的には魔術らしい。

 そして魔術と物理法則を掛け合わせ、新しい物質と生命観を実現する事こそが錬金術である。


 という基本的な知識を、ピッチャーとしての投げる動作を繰り返しながら思い出す。ボールが無くとも、体は野球をしたがってる。トレーニングをしたがっている。


「おー、また汗だくになってますね。君の筋肉の由来が見えました」

「日課でな。無駄だと分かってもやらないと体がおかしくなるもんで。おたくの道具は汚さないようにする」

「お気になさらず。私も薬草とか鉱石を手に入れる為に、危険なダンジョンに繰り出すこともありますから。汗は友達、泥臭さは信条です」


 胸を張って言うと、クラミナはフラスコを前に座り、素材を片手に精密な作業を開始する。


「おっ! できました!」


 歓喜の声。

 沸騰していたフラスコ内で薬草が光り輝いたかと思うと、蛍光色の液体へと変貌したのだった。


「カズム君、いいですか、これが“ハイポーション”ですよ!」

「すげえな。不思議な光を放ってやがる」

「って、君! 腕に傷が出来てるじゃないですか。折角いい筋肉してるのに」


 クラミナの視線を追うと、左腕に擦り傷が出来ていた。そういえば朝寝ぼけて転んだ気がする。


「でもそういう時に、このハイポーションが効くんですよ」


 CMのような宣伝文句で、ハイポーションをフラスコから一滴傷口に垂らす。すると擦り傷が、見る見るうちに塞がっていく。瘡蓋さえ出来ない。

 塞がらないのは、和夢の開いた口だけだ。


「……俺達の世界にこんなもの持ってきたら、間違いなく色々革命が起こるぞ」

「薬草内の魔力を、最適な形に増幅させた薬になります。それがポーション。これは濃度を高めた、ハイポーションです。売ればいい値段になるんですよ」


 今の彼女の資金源は、“正規の仕方で必要なものを受け取ることが出来ない”クライアント相手に、錬金術で必要なものを作って売るというビジネスで成り立っている。


 折角だから他にも錬金術で作ってみましょうか? とクラミナが楽しそうに提案してきた。


「もしかして、こういうものも作れたりしない?」


 スマートフォンを取り出し、画像をいくつかクラミナの前でスワイプさせる。コンセントが無く、バッテリーが虫の息だがまだ保つ。


「な、なにこれええええええ!?」


 突如登場した文明の利器に、過去最大のきらめきを瞳に宿すクラミナ。


「マジで和夢君の世界どうなってんですか!? ハイポーションとか霞むレベルでヤバいもん作ってませんか!? なんですかこれ!? ヤバくないこれ!? ……ほ、本当に魔力、ないんですよね?」

「我が世界の事ながら、俺も不思議に思ってる」


 江戸時代にタイムスリップしたらこんな反応されるんだろうな、とクラミナの反応で楽しみながらバッテリーの少ない液晶をスワイプする。

 クラミナの目が片方、緑色になる。“鑑定スカウティング”が発動した瞬間だ。“|鑑定”は当然のように液晶越しでも発生していた。

 だが最初こそ宝箱を前にした子供だったのが、段々と険しくなる。


「むむむ、駄目です、“鑑定”は出来ますが仕組みが理解できない……貯蔵されている雷の魔術現象はまだ理解できるとして、そこから板に風景が映る理論とか、あと自由自在に音が鳴る機能とか、新領域の学問が必要で……ぬぬぬぬ……」


 和夢を置き去りにして、紙に式を書き殴り始めた。こうなると研究熱心なクラミナは止まらない。


「作って欲しいのはスマホじゃなくて、写ってるものなんだが……野球ボールと、グローブって言ってな」


 思案の大海に溺れていたクラミナを引っ張り上げて、液晶に野球ボールとグローブの画像を流す。かつて野球ボールとグローブの製造会社を見学させてもらった際に、興味があって撮影した、製造過程だ。

 暫く画像とにらめっこをしていると、確信したようにクラミナが頷く。


「これ、錬金術で作れるかもしれません」

「ほんとうか?」

「“賢者の石イェヒオール”を目指す錬金術師として、これくらいは作れないと」

「“賢者の石イェヒオール”?」

「私のです」


 振り返ったクラミナの顔は、どこか朝日のように眩しかった。


賢者の石イェヒオール。この世にあまねく全ての性質を備えた物質。それは魔王を倒す聖剣にもなり得るし、あらゆる飢餓を癒す食料にもなり、洪水の助け舟となる島にもなりえる物です」


 一回説明を聞いただけでは分からなかった。イメージさえ湧かなかった。

 沈黙していると、ふふ、とクラミナが小さく笑う。


「その反応が正しいですよ。というか世間では“賢者の石イェヒオール”は、異世界転移以上に御伽噺ですから」


 雲を掴むような頼りない話を、彼女は本気で信じている。その線を辿った先に何があっても、彼女は後悔しないだろう。

 御伽噺が本当かどうかさえも、探るのを使命としている。


「……実はね。私、“結晶堕天サンキャッチャー”の先祖返りとして生まれて良かったと思ってます」

「何故だ?」


 首を傾げて訊いた。

 ただでさえ、“結晶堕天サンキャッチャー”であるが故に、生存の権利を剝奪されているも同然なのに。


「賢者の石は、その昔、玖神ベストナインと“勇者”の戦いの中で生まれたものとされています。特に、“結晶堕天サンキャッチャー”の力は相当及んでいるようです。だから“賢者の石イェヒオール”を探究する上ではアドバンテージがある訳です」

「でも、伝説なんだろ」

「ええ。根も葉もない伝説です。笑ってください。それでも私は――憧れてしまった」

「笑うかよ。人が真剣に目指してる夢を」


 心の底から発された言葉に、どこか嬉しそうになるクラミナ。


「でも、それは世間から迫害されててもか」


 僅かにクラミナの瞳が揺れ動いた。助けを求めるような、心許なさがそこはかとなく香る。しかし、クラミナはそれを飲み込む。


「……私にとって、“賢者の石イェヒオール”を追い求めない退屈は、死に等しいです! 世界が邪魔するなら、私はそれをぶっ貫いてやりますよ!」

「叶ってほしいな。その夢」

「えっ」


 自然と言葉が漏れ出た事に気づいたのは、くりっとした目が大きくなった時だった。


「今更だけど、何か出来る事はあるか? って言っても、雑用しか出来ねえけど」

「じゃあ、実験結果だけ見ててもらいましょうか。その為にちょっと覚えてもらわないといけない事もあるんですけどね」

「ああ、そこまで時間かかるものはいい。クラミナの時間を奪いたくないんだ」

「折角異世界に来たんだから、少しくらい勉強していきなさいって」


 クラミナに引っ張られ机に着くと、楽しそうに難解な理論をくどく解説し始めた。

 内容は正直全く頭に入らなかったが、その快活な横顔を見つめていると、焦がれる何かがあった。

 忘れかけていた輝きが、何かあるような気がした。

 その光に『頑張れよ』なんて軽々しく言えなかった。何だか突き放すような、最も残酷な一言に感じられたからだ。


 だからと言って、どんな応援の言葉をかけてやればいいのか。

 和夢には、それが分からなかった。


「そういえば、カズム君には夢はありますか?」


 眩しさを自覚して、和夢は目を逸らす。


「……もう、俺の

「壊れた? それは、地球って世界に帰れないから、という意味ですか?」


 頷いた。そういう事にしておいた。

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