第6話 錬金術師であるロリ少女に、突然誘われたけど

 路地にある壁をずらして出現した入口続く地下室。

 目立つのは所狭しと並ぶ机、辺り一面に散らばっている何やら難しい式が書かれた紙、沸騰する液体を内包したフラスコ、様々な金属や草……。


「私がこの街で使ってるアジトです。大丈夫、この中にいる内は誰にも見つかりませんよ」

「アジトっていうか、研究室だなぁ」

「そりゃ錬金術師なもので。研究者ですから」


 黒板に記された無数の数式。一応高校では勉学も疎かにしなかったつもりだが、とても分かりそうにない。


「いやー、あの時、私結構危なかったんですよ。あの森にしかない薬草を取りに行ってたら、動き察知されてたのか兵士に追われちゃって」


 軽妙な雰囲気だった。追われてる悲劇の少女とは思えない。


「そこに、タイミング悪く俺が来ちまった訳か」

「君まで指名手配されたのは想定外でした。私のせいです。本当にすみません」


 謝る瞬間だけ、笑みは止まり真摯な姿を見せられた。服装は汚れが目立つのに、育ちの良さがどこか感じられる。諸悪の根源なのに、憎み切れない。


 ローブとニーソからはみ出した妖艶な太腿以外は、見た目13歳くらいにしか見えない。

 だからだろうか。彼女の瞳が、純粋なのは。

 ホームランボールを眺めるように、曖昧な未来へ想い馳せているのは。


「にしても、おたくが“結晶堕天サンキャッチャー”って化物の生まれ変わりなのか?」

「正確に言うと、先祖に結晶堕天サンキャッチャーがいて、私がその先祖返りなだけです」


 先祖返り? と怪訝そうに眉を顰める。


「私の先祖に“結晶堕天サンキャッチャー”と交わった者がいたんです。で、千年に一度くらいの頻度で、 “結晶堕天サンキャッチャー”の力が目覚めちゃう外れ籤がその子孫から出る訳です。それが、私」

「しかし、玖神ベストナインは人類の敵だったんだろう?  ましてや魔物。それがどうして人間とイチャコラしちまったんだ?」

「さあ? 学者達は喧々諤々と議論してますが、諸説ありの範疇からは踏み出せてないですね」

結晶堕天サンキャッチャーってのはどんな奴なんだ? 指名手配されるほどにヤバいのか?」


 クラミナは実際に“どれくらいヤバいのか”を示して見せた。

 まず白紙を一枚真上に放ると、クラミナの指から小さな光が放出された。

 光が到達した途端、ひらひら待っていた白紙が突如落ちる。

 床に辿り着いた時には液体となり、床の染みとなる。


 紙が、水になった。

 火を出す兵士を見たから耐性はあったが、それでもぽかんと開いた口が塞がらない。


「“物質変換スイッチヒット”。対象の物理構造や化学、魔術理論を変えてしまう。これが“結晶堕天サンキャッチャー”の力の全てです」

「……じゃあ、今やろうとすれば、俺を液体にしちまえるのか」

「いえ、私ではこれが限界です。だけど、“結晶堕天サンキャッチャー”はこの力を使って、一つの街を丸ごと魔物に変貌させてしまった伝説もあります。そりゃ人々が恐れる訳ですね」

「はあ、色々頭が追い付かんな」

「ところで」


 というと、研究者の片鱗たる目の輝きを携えて、身を乗り出してきた。


「それにしても、君はあの巨大な鉄の鳥に乗って来たのですか?」

「ジェット機な」

「“鑑定スカウティング”で見た時は本当に驚きでした。だって、構成している物質の殆どが未知でしたから。異世界で創られたという荒唐無稽な仮説を立てざるを得ないくらいに……そしたら本当に異世界から来たとか! ねえねえ、一体君の世界の文化水準はどうなってるんですか? 異世界転移なんて御伽噺的な力を秘めている……でもどうやってそんな技術を……」


 クラミナは和夢がいる事も忘れて、頭に浮かんだジェット機についての数式や理論を紙に書きなぐり始めた。イメージ通りの科学者だ。


「いや、流石に世界を跨ぐ技術は開発されてなかったと思うが……ただ、“鑑定スカウティング”? それも結晶堕天サンキャッチャーの力なのか?」

「いえ。これは錬金術師として当然のスキルです」

「す、スキル?」


 と、眼鏡を直しながら説明された。

 どうやら見たり、触れたりした物の性質を理解する力らしい。錬金術師は“鑑定スカウティング”を鍛え、備わっている物質、化学、魔力構造を分析し、錬金術へと役立てる。


「ところで、君はこれからどうするつもりですか? 何か目的があってこの世界に来たようには見えないですし。私が君なら元の世界に帰る方法を探してますが」

「いや、それはいい。元の世界に、もう興味はない」

「えっ? 帰りたくないんですか?」

「それよりも明日、俺はどう生きるかだ。異世界に来ちまったんなら、来ちまったなりに身の振り方を覚えるしかない。流石にそれくらいには頭が冷えたよ」


 回答が意外だったのか困惑していたが、クラミナは直ぐに話を続ける。


「なら、私の仲間になってくれませんか?」

「仲間?」

「私の錬金術師としての探究に、仲間がいればと思いまして」

「ボディガードとして雇いたいって事か」

「いえ、仲間です。ボディガードなんて盾みたいな扱い、したくないです。この世界から何百年と進んだ異世界の話とかも聞きたいし、それに……」

「それに?」


 伏せた眼。先程までの快活な雰囲気に隠れた、寂しいクラミナが見えた気がした。


「……私を結晶堕天サンキャッチャーだと知って、ここまで普通に話してくれる人、いないから」


 あっ、とクラミナは悪そうな顔でローブの中から袋を取り出す。中には貨幣がたんまりと入っていた。


「勿論。似合うだけの報酬は払います。追われてる身ですが、実はビジネスもやってて、結構実入りもいいんですよ」

「悪いな。断らせてもらう」


 きっぱりと言い切った。一瞬クラミナの顔から色が消えた。

 しかし、期待を持たせてはいけない。それが断るときの鉄則だ。


「俺は野球しかしてこなかった身でな。勉強は授業を聞くだけの必要最低限しかしてないし、頭も悪い。生まれ故郷は戦争禁止の島国でさ。研究に関しても、戦いに関してもド素人だ。出来ない事は出来ないと言っておかないと、互いに馬鹿を見るだけだ」


 野球選手がサッカーをするようなものだ、と言いかけて辞めておいた。オフサイドどころか、シュートとは何かから説明の必要がある。

 後ろ髪を引かれる気持ちもある、と言いかけてそれも辞めておいた。そんな懺悔はクラミナに呪いをかけるだけの自己満足だ。


「分かりました」


 クラミナも諦めがついたのか、作り笑いで見上げた。


「でも、君は私のせいで追われる立場になってしまった事は確かです。国外への逃亡までは私が何とかします。異世界でのセカンドライフ、送れるようにしますよ」

「別におたくのせいだとは思ってないさ。でもまあ、ここは恩に着るしかなさそうだな」


 それから一週間、クラミナが国外逃亡の手筈を整えるまで、アジトで匿ってもらう事にした。

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