第5話 異世界に来て、半日で指名手配された件

 暫く森を下っていると、家の集合体を発見した。少なくとも街と呼べる規模だった。

 すれ違う人間の身に着けている服装は、やはり200年前にタイムスリップしたような気分になるものばかりだった。精々偶に見える上流階級らしき人物のスーツくらいしか、身近なものはない。


「さてと……流れ着いたはいいが」


 ドル貨幣は使える気配はない。電子マネーが使えるほど文明は進んでもいなさそうだ。

 考えるにも腹ごしらえをしなければ。さてどうしたものかと思案していると、聞き覚えのある足音がして身を隠した。

 剣やクロスボウを携えた集団が、人を押しのけて闊歩していたからだ。


「……兵士」


 もしあれが警察みたいな機構だとしたら、先程三人倒してしまった和夢は、公務執行妨害で捕まるだろう。そんな法律がこの異世界にあればの話だが。


「ちっ。ただ金で懐柔されただけで……偉そうに」


 煤塗れの職人が、隣で不服そうに舌打ちをしていた。思わず和夢は尋ねる。


「金で懐柔されただけって、どういう事っスか?」

「知らねえのか? 超偉い一族のぼっちゃんが王国軍部の地位を金で買って、組織された軍隊だ。“結晶堕天サンキャッチャー”の捕縛を建前にしてるが、実際は自分の権威を見せびらかしたいだけなんだろうよ。っと、睨み過ぎたら俺まで殺される」

「あの……結晶堕天サンキャッチャーって何でしたっけ?」

「知らないのか?」

「悪いっスね。田舎から出たばっかで、不勉強で」

「大昔、玖神ベストナインって9体の魔王が世界を荒らしてたって伝説。聞いたことないか?」


 何か聞いた事のある用語が出てきたような気がしたが、敢えて無言でいるようにした。偶然野球用語とかぶってしまったのだろう。そう結論付けた。


「あのクラミナって子は、その内の一体、“結晶堕天サンキャッチャー”の生まれ変わりだって話だ。あいつらはクラミナを探している」


 固くなった職人の手が、掲示板を指した。人差し指の先には、少女の人相がある。

 “クラミナ”という名前が見える。当たり前のように異世界の書き言葉も読める事自体、違和感しかない。


「へえ。そりゃヤベえっスね。どんだけヤバいんですか?」

「さあな。だが、ちゃんとした研究機関のお墨付きだ。“結晶堕天サンキャッチャー”が目覚めりゃ、こんな街数分で消し飛んじまうらしい……それなら、ちゃんと駆除か管理されてくれた方が、世の為人の為ってもんだ。俺達の税金が使われてるなら、ちゃんと成果を出してほしいね」

「……駆除、ね」


 “らしい”、で人間を駆除する……。

 何か靄のようなものが、男の何気ない言葉から香った瞬間だった。兵士の一人が掲示板に駆け込んで、新しい紙を釘で打ち付けたのだった。

 紙には人相と、非常にわかりやすい文が書かれていた。


『この者、結晶堕天サンキャッチャーに与し人類を脅かす者。早急に捕えよ』


 その指名手配書に描写されたとても上手い人相を見て、和夢は絶句した。


「ん? あんた、あの人相にそっくり……っておい!!」

(思っきし指名手配されてるやんけ……!)


 和夢、本日二度目の全力盗塁逃走


     ■      ■


 いつの間にか、結晶堕天サンキャッチャーの仲間にされてしまっていた。

 結果、人目避けて路地に隠れるのが精一杯になってしまった。

 

 普段のスポーツで使う部分とは別の体力がごっそり減った。

 夕日の人影が伸びる度に、体に緊張が走る。その繰り返しだった。

 再び人影が伸びてくる。明らかに和夢目掛けて近づいてくる。

 また戦うしかないか。そう覚悟を決めた時だった。


「――本日の御礼です。あなたの宿、こちらで持ちましょう」

「御礼?」


 敵意の無い少女の声。

 前を向くと、ニーソとローブの緩衝地帯である太腿があった。

 背景の夕日が、パステルカラーのツーサイドアップと、小さな体をすっぽり包む使い古された白いローブを淡く着色している。

 眼鏡の向こうで、際限なき活力を伺わせる瞳が、特に“結晶堕天サンキャッチャー”の人相と一致している。


「あなた、異世界から来たんですか?」

「えっ、地球の事分かんのか!」

「という名前は存じていませんでしたが、そうですか、地球って世界から来たんですね。なんと。信じがたい事ですが、『異世界がある』『異世界とこの世界を行き来する手段がある』という仮説は立証されてしまった訳ですね……興味深い」


 眼鏡と瞼の向こう側が、星空のように一段と煌めき始めた。科学者のような素振りを見せた直後、新発売のゲーム機を目の当たりにしたように密着してくる。


「色々と聞きたい事があります! でもまずは、この世界の事、教えましょうか?」

「あんたは……?」

「クラミナと言います。錬金術師をしています」

「あれ? クラミナって……」


 玖星ベストナイン、第二の魔王“結晶堕天サンキャッチャー”。その手配書に掛かれていた人相と、そういえばそっくりな少女だ。

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