第4話 魔術? 違う、魔球だ
切っ先に囲まれた。
兵士は三人。的確に逃げ道は塞がれている。
根元から折れた剣を捨てると、両手を挙げる。
「なんの真似だ!? 両手を挙げて、何か“魔術”でもお披露目しようってか!? そうはいかんぞ」
「このジェスチャーは降参って、おたくら通じる!?」
と慌てるも、正直何でも在りになっている。
兄が昔言っていた気がする。魔術とは、体から火を放ったりする手品みたいなもの。
炎に包まれた魔球とか、打つと水になって弾ける魔球とか投げ放題じゃん、と考えながら庭で素振りしていた記憶がある。
「向こうで仲間が死んでいたぞ。貴様がやったんだろう!?」
「違げえよ! ゴブリンって化物がやったんだって」
「馬鹿を言え、我々がゴブリン如きに後れを取る訳が無かろう! 来い、さもなくば斬る!」
兵士の一人が捕縛しようと、接近してきた。これ以上の会話は無駄のようだ。
そこに、僅かな逃げ道への隙が出来る。
想像する。
野球のグラウンド上。二死同点。現在自分は三塁走者。
相手
リードに気づかれないように。気づかれないように――ダッシュ!
「なっ!?」
韋駄天。
一気にゼロから最高速に達する。不意を突かれた兵士が
「速い!?」
兵士たちも走り始めたが、一向に和夢との距離は開くばかりだ。
とにかく逃げる。身の安全を確保してから、異世界については考える。
そんな思考を断ち切ったのは、背後から橙色の光が差し込んだ時だった。
振り返る。
一人の兵士の右手に、
伸ばした腕は、宛らボールを装填したピッチングマシンだ。
「しゃらくさい! ここで逃がすくらいなら、仕留めてやる! “ファイアボール”!」
「ふぁっ!?」
茜色の直線が、直ぐ近くを駆け抜けていった。
途端、背後から爆発。衝撃で和夢を押しのける。
「……お、おいおいおいおい」
炎が着弾した木は、見る影もなく黒焦げになって砕けている。特に着弾個所は、跡形もなく吹き飛んでいる。
自分に直撃していたら、熱いと感じる暇さえ無かったかもしれない。
「ほ、炎の球……!? くそっ、俺以外に魔球を投げられる奴がいたとは」
「魔球!? 違う、魔術だ」
これが魔術? と聞き返した和夢の口にどこか笑みが零れたが、また
このままではホーム生還前に刺される。死んでしまう。
逃走以外の対処法を思考していると、足元に石が転がっているのが見えた。
野球ボールとは全然違う。
硬球は約73mmの直径に対し、この石は精々100mmの直径。
硬球の表面は僅かに指が食い込む牛革に対し、石の表面は食い込みを許さない固さ。
赤い綿糸もない。変化球にはとても適さない、石の球。
だが、泣き言をぼやいている暇はない。
野球人の誇りと命を天秤にかけている暇もない。
「くそっ。やるしかねえか」
“魔球”の握り方をした。
大きく振りかぶる。全身を連動させる。手でボールを振動させる。
そしてピッチャー、投げた。
「子供の遊びか? ただの石が魔術に勝てる訳がなかろう―“ファイアボール”」
同時に、鼻で笑う兵士からも火の球が放たれた。
かつて地球の野球界を震撼させた
「――“
直前、和夢の投げた石は、30個に分裂した。
「えっ」
途端、内10個にぶつかった火の球は数の暴力で消滅し、残りの20もの礫が兵士たちの全身に突き刺さった。
「あっ、ばっ」
時速、200km。
MLBに登板する前の最高投球速度を、30km以上塗り替えた速度。
重く硬い石は、容赦なく兵士たちの骨を粉砕した。
「ちっ、石ころじゃ全然スピードでねえし、全然変化もしねえ」
ぶん、ぶんと手を振って不服を漏らしながら、悶える兵士へ近づく。頭蓋に当たらなかったせいか、息はあるようだ。
「が、ぶぁ……なんだ、この魔術は……」
「魔術? 違う、魔球だ」
「魔……球……!?」
「おい。一つ聞く――この世界に野球はあるか?」
「な、や、ヤキュー……? なんだ、それは…………ぐっ」
気絶した兵士から、青一面が何の変哲もなく広がる空を見上げた。
「そうかい。野球は無いのかい。まあ、期待はしてなかったけどよ」
野球は存在しない。
初めて知ったこの異世界の理に、かつて完全試合と、全打席場外ホームランを実現してしまった怪物は、どこか安堵していた。
破局した愛しき人の不在に、心を落ち着かせるように。
魔球も全打席ホームランも欲しいままにしてきた、最強の野球選手には似つかわしくない、冷めた表情だった。
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