第27話 やり直し(2)

「それじゃあ、終わったら連絡するのよ」

「うん。分かってる」

 

 午前十時。茜を会場へと送り届けた。そこはかつて三人で暮らしていたアパートのほど近くであった。なんとなく懐かしくなり、車から出て歩いてみる。施設は真新しくなったが、立地は変わらない。

 

 三度目のタイムリープではさっさと引っ越しをしてしまったから、ここでの茜との思い出は薄い。しかし、それ以前の茜との面影を反芻する。よく散歩をした道。保育園へと通った道。シャボン玉を飛ばした広場。

 

 面影を追っているうちに、かつて住んでいたアパートの前へとやってきていた。記憶の中のそこは二十年前の外観で止まっていた。正確に言えば、茜が五歳の時も住んでいた頃もあったので、十五年前のそれも知っている。

 

「時が経つとこうなっちゃうんだ……」

 

 そこにはもう、あの二階建てのアパートはなかった。その代わりに新築の戸建てが二軒建っており、売り出し中であった。茜と二人で出て行った後、あの部屋がどうなったのか知らない。今この瞬間まで気に留めたこともなかった。それほどがむしゃらに走ってきたということだろうと夏希は思った。

 

「良い二十年だったわ」

 

 すとんと胸に言葉が落ちた。今回茜と二人で過ごした二十年は、とても良いものだった。満面の笑みを浮かべて両手を組み、それを天へと伸ばす。ぐんっと背伸びをすると、胸がすかっとした。はあっと息をすると、白い靄が立ち上る。空に消えていくそれをじっと眺める。

 

「良い二十年だった」

 

 二十歳を祝う会が終わった茜と合流し、予約していたお店へと向かう。お祝いの席だと店に伝えていたので、座敷の一室をとってもらっていた。すでに夏希の両親と、英明とその両親が揃っていた。

 

「まあ~!茜ちゃん!とっても似合ってるわ~!」

「こんなに大人になって」

「綺麗になったな」

「良く似合っている」

 

 四人の祖父母が口々に茜を褒め、代わる代わる茜を占領しようと試みる。そのうちに撮影会が始まり、夏希はカメラマンに徹した。広いテーブルには会席料理が運ばれてくる。

 

「みんなありがとう」

 

 茜の目元は潤んでいた。お祝いをされて喜んで涙を浮かべる娘を、夏希は誇らしく思う。そんな家族の様子を英明は目を細めて眺めていた。目尻には深く皺が刻まれ、頭頂部分も薄くなってきた。しっかりと中年太りもしている。

 

「お父さんとお母さんと三人でも撮りたいな」

「ええ。三人で撮るの?」

 

 少しだけ嫌そうな夏希に「お祝いだからいいでしょう」と茜は強請る。

 

「そうだ、そうだ。せっかくなんだから親子三人で撮りなさい」

 

 夏希の父の一声に、渋々撮影に応じることにする。それでも本心から嫌なわけじゃない。茜のためにやってあげた方がいいと、少しは思っているからだ。

 

「それじゃあ並んで」

 

 カメラマンは夏希の母だ。スマホを行儀よく構えている。茜を真ん中にして英明と夏希が並ぶ。こうして親子三人の写真を撮るのは、茜のお宮参り以来だった。

 

「はい、撮るわよー。ワン、トゥー、スリー!」

 

 シャッター音が響く。

 

「撮れた!?見せて!」

 

 茜が夏希の母へと駆け寄っていったので、元夫婦は取り残される。二十年ぶりの撮影にどこか気恥ずかしい気持ちが込み上げる。

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