第25話 リープ3回目(9)

 口角があがるのを止められない。

 

「雪絵ちゃん。龍之介くんを帝王切開で産んだのって、性病だからなんだよ。なんの病気か知らないけど……。でも、梅毒とか怖いもんねえ。もちろんエイズも。不特定多数の人と性交渉するってそういうリスクがあるよね」

 

 また、英明の目が大きく見開いた。

 

「なっ……!」

「性病検査。茜のためにもやっておいたら?ちなみに、茜との面会は特に拒否しないから。父親としての権利はあなたが放棄しない限り、全うしてもらおうと思っているから」

 

 例えるなら、それは灰と言ってもいいかもしれない。もう何も言葉にする術さえないのか、英明はそこにただ膝をついていた。肩を落とし、背中は湾曲している。なんとか息をしているようだった。そんな彼を見ても、動揺さえしなかった。そうなればいいと思っていた。

 

 どれくらい悲しい思いをしてきたか分からない。何も知らなかったあの雨の日以前に戻りたいと何度思ったか分からない。しかし、知ってしまったことを知らなかったことにできない。それを英明にも味合わせたいと思っていた。それがまさかこんな形になるとは夏希も思っていなかった。

 

 ただそれは、ほんの偶然だった。雪絵とも偶然知り合っただけだった。「性病だから赤ちゃんにうつらないように帝王切開だったんだ」と雪絵が話したのも偶然だった。それを聞いたときに、夏希はピンときてしまったのだ。――もし英明が雪絵ちゃんと浮気したら性病がうつるのかな?

 

 英明の友人が風俗嬢から性病をうつされた話を思い出していた。英明はそれを笑っていたが、不特定多数の女性と身体の関係にある彼こそ、笑ってはいけないことだというのに。夏希はそれにもずっと嫌悪していた。

 

「やっと終わったね」

 

 暗い寝室で、寝ている茜の頬を撫でる。ぽたぽたとベビーベッドのシーツを濡らす。茜にかからないように気を付けるが、一向にその粒が止む気配はない。眠気はない。ただ、ただ、静かにゆっくりと、その粒は落ち続ける。

 

 あんな男でも愛していたのだ。

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