第23話 リープ3回目(7)
戦いはこれからだ。できるだけ平静を装いながら、いつも通りの時間を過ごした。英明が茜とお風呂へと入っている間に夕食の準備をした。三人で食卓を囲み、英明が茜を寝かしつけている間にお風呂へと入った。
英明はこれから何が行われるのか、まったく知らないでいる。茜を寝かしつけ終わり、リビングのソファで寛いでいる夫の隣に夏希は腰をかけた。その手にはA4サイズの茶封筒が握られている。珍しく自分から近づいてきたなと思った英明は夏希の肩に手を回そうとしたが、差し出された紙にぎょっとする。
「私たち、離婚しましょう」
緑色の紙面がそこにあった。一生これを見ることはないと思って婚姻届を出したはずなのに、そこには夏希の名前が記入された離婚届がある。
「え……?冗談だよな」
「私が冗談でこういうこと言う?」
「言わない……」
「だよね。だから本気だよ」
淡々と言葉を紡ぐ夏希に対して、英明は夢を見ているようだった。
「は……。え?なに。どういうこと?」
夏希の肩へと回そうとしていた手は、眉間へと当てられる。どうやら頭がくらくらするらしい。
「どういうことって。あなたが一番分かっているんじゃないの?」
「自分で言うのもなんだけど、俺は夏希のことも茜のこともちゃんと愛してきたよ。仕事だって家事だって育児だって手を抜いたことないよ。夏希にだって気持ちをあげてきたつもりだけど」
英明の言う通りではあった。ただの一度も夏希のことをないがしろにしたことはないし、家族を愛していることを態度で示しているのも知っている。だからといって、英明の裏切りが帳消しになるわけではない。むしろ、最悪の裏切り行為だと夏希は思っていた。
「私のことを本当に愛しているなら、こんな裏切り行為。できないと思うけどね」
茶封筒からばさばさと書類を出し、それをローテーブルに並べる。英明は目玉が飛び出そうなほど目を見開いた。そこにはこれまで不倫を重ねた女性たちの写真が並べられていたのだ。
英明が不倫をしていたのは、真理や浜ちゃんだけではなかった。テニスサークルのほとんどの女性メンバーに手を出していたし、大学時代に仲の良かった女性とも関係があった。会社の同僚とも日替わりで逢瀬を重ねていた。最新の不倫はもちろん、雪絵である。
「まったく。どうやったらこんなに手を出せるのか。呆れたわ」
「これ……。なんで……」
「なんでって。探偵と弁護士に相談した結果だけど?」
「怪しんでいる素振り、なかったじゃないか」
「三度目のタイムリープだからね」と言えるはずもない。真理との浮気が結婚前からだと知れたことで、数々の女性との密会をキャッチできたのだ。
「怪しんでいる素振りなんて見せる必要がないでしょう。あなたとやり直す気なんてないんだから」
恐ろしく冷たい声が出た。まるで氷のようなそれは、英明を固まらせるのに十分だった。
「離婚してください。そして、養育費と慰謝料を一括で払ってください」
「一括!?」
「ええ。一括。それくらいできるでしょう?あなたの実家のお義父さんにも頼み込んでお金を集めてきてよ。愛する娘のためにそれくらいしなさいよ」
自分の目の前にいるのは、本当に夏希なのかと英明は目を疑った。お風呂に入る前までは穏やかでいつも通りに優しい妻だった。それなのに。虫けらでも見るような視線をこちらに送り、お金の話をしている。それがただ怖かった。
「夏希!俺が悪かった!だから許してくれ!」
英明はソファから飛び降り、額を床に擦りつけて謝罪をした。パジャマを着てはいるものの、あの雨の日の土下座と同じ姿勢だ。
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