第22話 リープ3回目(6)

「さあ。お茶が入ったよ」

「夏希ありがとう」

「夏希さんありがとう!」

 

 三人分のルイボスティーを淹れた。ラスクと一緒にテーブルへと並べる。

 

「いただきまーす!」

 

 いの一番に雪絵はルイボスティーへと口をつけた。

 

「わ!これなに?」

 

 思っていたものと違ったのか、雪絵は渋い顔をしてカップから口を離した。

 

「ルイボスティーだよ。苦手?」

「うえー。初めて飲んだ。こんな味がするんだね。夏希さんって珈琲とか飲まないの?」

「珈琲はカフェインが入っているから、最近は飲まないんだよね。ごめんね。うち今、それしかなくて。雪絵ちゃんは水にする?」

「これしかないならこれでいいよ。夏希さんって意外と気が利かないんだねえ」

 

 蟀谷がぴくりと動いた。しかし我慢する。ここで怒ったら計画していることが水の泡だ。

 

「ごめんね。うっかりしてた」

「じゃあ俺が珈琲買ってこようか?自販機のやつでいい?」

 

 二人のやりとりを見ていた英明は椅子から腰をあげる。茜はリビングにあるベビーベッドですやすやと眠っている。

 

「それじゃあ雪絵ちゃんと二人で行ってきなよ。雪絵ちゃんの好きな飲み物を英明に買ってもらうといい」

「え!いいんですか!やったー」

 

 ミニスカートをフリフリさせながら、英明へとついていく雪絵を見送る。二人の後ろ姿を見ながら、夏希は口端があがるのを止められなかった。うまくいく保証はなかったが、これでぐっと可能性が高まった。茜の方へと視線をやる。

 

「これでいいんだよね……」

 

 椅子から腰をあげてベビーベッドを覗き込む。何も知らずに眠る小さな我が子の頬へと、そっと指を寄せた。すべすべのそれに言いようのない感情が込み上げてくる。涙は拭わなかった。

 

 

 

 

 

 茜を産んでから半年後。よく晴れた桜の舞う日だ。市役所の帰りに夏希はベビーカーを押して散歩をしていた。桜吹雪が綺麗だからだ。花びらの舞いはまるで祝福してくれているかのようだった。

 

 きゃっきゃと幼い茜も嬉しそうに、花びらへと手を伸ばす。「綺麗だね」と話しかける。何度も悩んだ。こんなことをしていいのかと躊躇う日もあった。しかし茜の笑顔を見るたびに「私が幸せでいることがこの子を守ることだ」と言い聞かせてきた。

 

「茜。二人で幸せになろうね」

 

 カラカラとベビーカーの車輪の音がする。ゆっくりと、ゆっくりと。でも確実に。じわり、じわりと。二階建てのあのアパートへと歩を進めた。

 

 ベビーカーを階段の下で停め、茜を抱っこして階段をのぼる。駐車場には英明の車があった。どうやらもう帰ってきているらしい。玄関を開けると「おかえり」と笑顔で出迎える夫の姿があった。

 

「ベビーカーを下から持ってくるから、茜のことお願いできる?」

「おお。茜~。パパの方においで~」

 

 嬉々として茜を受け取る姿は、良い父親そのものである。それを横目で見ながら、夏希は階段を降りた。ベビーカーを折り畳んでいると、地面から風が巻き上がった。あまりの強さにロングスカートが捲れないように太もものところを抑える。

 

 なんとなく空を見上げると、どこからやってきたのか桜吹雪が舞い上がっていた。空の青さと薄紅色のコントラストに胸が透いた。「よし!」と気合を入れて両頬を叩く。

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