第20話 リープ3回目(4)
「あーん」と開いた口に、プラスチックのスプーンで掬ったプリンを運ぶ。
「うん。うまい。……幸せだなあ」
「そうでしょ。幸せの味でしょ」
「プリンが美味しいのもそうだけどさ。俺にとって今が最高に幸せって感じ」
「今が幸せ?」
「うん。だってほら。こんなに可愛いんだぞ」
腕の中にいる赤ん坊は目を瞑っていた。ゆらゆらと揺れる父の身体はゆりかごのようで、赤ん坊は気持ちよさそうに眠っていた。
「命かけて産んでくれてありがとう」
「英明……」
窓から茜色の光が差し込む。それに照らされて、夏希の目元はキラキラとルビーのように輝いていた。
「泣くなよ~」
そういう英明の瞳もゆらゆらと揺れていた。タイムリープも二度目までなら、きっと二人は同じ気持ちであっただろうと夏希は思った。今はただ、怒りで涙が出る。茜にも触ってほしくないほどなのだ。
「やだね。出産で涙腺が弱くなってるのかも」
手の甲で涙を拭う。
「それは分かる」
「そういえばさ。お祝いに友達が遊びに来ると思うんだけど、大丈夫かな?」
「もちろん。お祝いに来てくれるなんてありがたいな」
「うん。友達に祝ってもらうなんて、なんか不思議な感じ」
「たしかに」
面会時間が終わり、英明は帰ることになった。全室個室だが小さな産婦人科であるため、出産時以外の付き添いはしないことになっている。名残惜しそうにする英明に冷ややかな視線を浴びせそうになったが、それを必死に堪えた。まだ今じゃないからだ。
消灯時間前、少しだけ自由な時間がある。茜は新生児室だ。夏希はそろりと部屋を抜け出した。身体は初産だが精神的には三度目である。身体を動かす余裕があった。夏希が向かったのは自動販売機前にある憩いのスペースだ。
憩いのスペースには丸テーブルが一つあり、椅子が四つある。そこでジュースを飲めるようになっているのだ。
「あれ。夏希さんじゃん。もう動いて平気なの?」
そこには夏希が思った通りの人物が居た。
「お疲れ様。思ったより動けたからジュースでも飲もうと思って」
「動けるならよかったね。語ろう~」
「雪絵ちゃんこそ身体は大丈夫なの?」
「まあ痛いけどね。部屋に一人で居るより気が紛れるから」
リンゴジュースを買うと、雪絵に勧められた席へと腰を下ろす。
「旦那さんはもう帰ったの?」
「うん。一人で帰って行った」
「寂しかっただろうね~」
「どうだろうね」
長い金髪をお団子にしている雪絵に眉毛はない。昨日聞いた話によると、普段はギャルメイクをしているらしい。今は出産後で気力はないが、家に戻ったらまたばっちばちにメイクをすると言っていた。
「でも旦那さんが居るだけで羨ましいわあ」
「雪絵ちゃんはシングルなんだっけ?」
「そう。……明るく言うことじゃないかもしんないけど、これから先が心配かなあ。子供に病気がうつってなかったっぽいことだけが救いだけど」
「だから帝王切開だったんだっけ?」
「そうそう。子供に病気がうつっちゃったら可哀想だしね」
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