第19話 リープ3回目(3)

「そういえばさ。俺の友達の松村まつむらっているだろ?」

「ああ。中学の時の友達だっけ?」

「そうそう。あいつさ。風俗が好きで遊びまくってるんだけどさ」

「えっ。松村さんって結婚してなかったっけ?」

「してる。でも嫁さんに内緒で風俗行ってる」

「ええ~。最悪だね」

「だろ。いい加減にしとけよって話してるんだけどさ」

 

「どの口が言うか」と思ったが、夏希は笑顔でスルーした。「あなたの場合は風俗よりもひどいでしょう」とも思った。

 

「それが風俗で性病もらったらしいんだよ」

「えっ」

「馬鹿だよなー。だからやめとけって言ってたんだけどさ」

「それってどうなるの?」

「普通に泌尿器科で治療らしい。嫁さんにもうつってないか検査しなきゃいけなくなって、それで風俗通いがばれたらしい」

「うわあ」

「馬鹿だよなー」

 

 ケラケラと笑ってみせる英明に、夏希も同調した。「この人も馬鹿だよなー」と腹の底に抱えていた。

 

 

 

 

 

 澄み切った茜空だった。零れ落ちていく太陽は赫々と街を燃やし、辺り一面は見事に茜色に染まっていた。幼子を抱いて病室からその景色を見るのは、もう三度目のことである。腕の中に納まる小さい命が、この世界で生きようと必死であった。

 

 小さなその子に「茜」と名付けたのは、茜色に染まった空が、雲が、街が、この子の誕生を祝ってくれているように感じたからだった。

 

「茜……。やっと会えたね……」

 

 会いたくて、会いたくてたまらなかった。茜に会うことだけが、夏希にとってこの五年間の生きがいだった。新生児を抱く手つきもお手の物だ。出産後の体力も、もう分かり切っている。

 

 夏希はただ、この時だけを待っていた。三度目のリープはこの時のためにあったのだと思える。

 

「夏希~。なにがいいか分からなかったけど、夏希の好きなプリンとミルクティー買ってきたよ」

 

 買い出しへと出かけていた英明が、買い物袋を提げて病室へと帰ってきた。陣痛が始まってから茜が生まれる瞬間まで、英明はずっと夏希の傍を離れなかった。生まれた瞬間には涙を流して喜んでいた。その姿を見ても、夏希の心が動かされることはなかった。

 

「ありがとう。食べようかな」

「おう。赤ちゃんは俺が抱っこしとくから食べな」

「そうしようかな」

 

 英明はベッドに備え付けられているテーブルを出し、そこにプリンとミルクティーを並べた。持ってきた袋は「ごみ入れに」と、テーブルの脇にセットする。それが済んでから、赤子を夏希から受け取った。

 

「やっぱりちっちゃいな~」

 

 鼻の下を伸ばしてデレデレしている。夏希はくすりと笑みを漏らしながら、プリンへと手を伸ばした。どこのコンビニでも売っているなめらかなプリンだ。それを口に入れた瞬間、甘さがほどけて頬っぺたが落ちそうになる。「これこれ~!」と心の中で叫びながら、ぐっと噛み締めた。

 

「ははっ。夏希は本当に美味しそうに食べるなあ」

 

 英明は目尻に皺を寄せる。

 

「だって幸せな味がするんだもん」

「そうなの?俺にも一口ちょうだい」

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