第16話 リープ2回目(8)

 さすがに七年の月日は長かった。茜を二度も産むとは思わなかった。何度産んでも我が子の変わらない可愛さに「英明の不倫を阻止しようとしてよかった」と夏希は心から思った。そして今、ちゃんと阻止できているのか確認する時がきた。

 

 ごくりと喉が鳴る。ゆっくりと階段をのぼる。滴る水分がコンクリートの床を水玉に濡らした。鍵を差し込み、ドアノブを回す。玄関のたたきに目をやった瞬間、みぞおちを殴られた気分になった。

 

「なんで、どうして」と困惑の言葉しか浮かばない。そこには英明の革靴とルブタンのハイヒールが転がっている。どこからどう見ても女物の靴だ。そして、綾香と浜ちゃんのときとは違うのは、女のそれが克明聞こえてくることだ。

 

 甘ったるい嬌声に嘔吐しそうだ。二人のときとは違い、夏希はリビングと廊下を隔てる扉のドアノブを回すことができないでいた。

 

「ううん。やだあ、もお。キスマークつけるの、好きすぎでしょ。ふふ」

「真理の首筋がうまいからだよ」

 

 夏希の蟀谷がぴくりと動いた。「真理」……?

 

「大学の時から変わらないよね、キスマークつけるの」

「俺にはつけるなよ」

「分かってるぅ。奥さんにバレちゃうもんね」

「夏希は未だにお前の話をするんだからな」

「英明の結婚式のときの話ぃ?あれは英明が悪いんじゃん。前日にキスマークつけるからさあ」

「それを隠してこないお前も悪いだろ」

 

 全身が心臓のように波打っていた。滴り落ちる雫のせいで、床には水たまりができている。しかし、夏希は動けなかった。足も手も棒のように固まって動けなかった。綾香との不倫も浜ちゃんとの不倫もこんなに必死に阻止してきたのに、まだ裏切られなければならないのかと、全身をナイフで切り裂かれたようだった。

 

「ねえ、もう一回する?」

 

 女の甘い声に、夏希は居ても立っても居られなくなった。手を掛けていたドアノブをがちゃりと回す。リビングと廊下を隔てている扉が開いたことに気付いたらしい英明が「え!?夏希!?」と驚いた声をあげた。

 

 ここからはもう今までと同じだ。英明が全裸で土下座をして謝ってくる。今回違ったのは、相手の女である真理が素知らぬふりをしていたことだ。それが気になって真理を一瞥すると、その胸元には複数のキスマークがあった。

 

 その全部を英明がつけたのかと思うと、夏希はくらくらしてきた。――どうしてこんな男と結婚してしまったんだろう。そう思った瞬間、夏希はブラックアウトした。

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