第15話 リープ2回目(7)
「茜!」
茜は夏希の足に抱き着いた。その小さな旋毛を優しく撫でる。そうしていると「茜ちゃんママこんにちは」と担任の先生がやってくる。夏希よりいくつか年の若い先生だが、今日の出来事などを細かく教えてくれる丁寧な人だ。夏希はそれをありがたいと思っていた。
「こんにちは。今日もありがとうございました」
「こちらこそ。茜ちゃんは今日も元気にお友達と遊んでいました。今日は年中組だけで工作をしました。茜ちゃん、あれ。ママに渡すんじゃなかった?」
先生に言われ何かを思い出したようにして、茜は教室の中を駆けた。教室の後方には園児それぞれの棚があり、そこにお道具箱が保管されている。そこから茜が何かを持ち出して、また夏希の方へと駆けてきた。
「ママ、これ!」
小さな手が差し出したのは水色と白とピンクの紐が編みこまれたミサンガだった。
「これ、茜からママにプレゼント。いつも頑張ってるから」
「実は今日、三つ編みの練習を兼ねてミサンガをみんなで作ったんです。茜ちゃんはママに渡したかったんだよね」
「うんっ」
「茜……」
目頭が熱くなった。工作の時間にもママのことを考えてくれる気持ちが嬉しかったのだ。
「ありがとう。つけていい?」
「うんっ」
ミサンガを受け取ると、夏希は左手首にそれをつけた。子供の作ったものだからところどころに紐が浮いている部分もあるが、五歳が作ったにしてはよくできている。
「どう?似合う?」
腕を小さな瞳が輝く面前に掲げて確認する。
「うん!可愛い!水色とピンクがママに似合うって思ったの!」
「うそ!嬉しい~。ありがとうね」
茜を抱きしめると、先生も嬉しそうに微笑んでいた。
「それじゃあ先生にご挨拶して帰ろうか」
「うん。先生さようなら」
「はい。さようなら。あっ。明日はカレーの日なので、お弁当は白ご飯だけでお願いします」
「分かりました。今日もありがとうございました。それでは」
「はい。また明日」
先生が掌を茜に向けたので、小さな手はそこにタッチをした。教室の入り口に置かれている荷物置きから茜の荷物を抱えると、先生に会釈をしてから保育園を後にする。
保育園から家までは歩いて五分ほどだ。茜がもう少し小さい頃は抱っこして大変だったが、年中になった今は自分で歩いてくれる。手を繋いで家路を歩いていると、茜は「おばけなんてないさ」を歌い始めた。この瞬間を幸せだと夏希は思う。
「保育園で習ったの?」
「うん。先生のピアノで歌ったの」
「茜はお歌が上手だね」
「うん。歌うの好き!」
繋いだ手にはミサンガが揺れている。もう一度「おばけなんてないさ」を歌う。ずっとこの時間が続けばいいのにと思いながら、家へと到着した。
夏希は祈るようにして家路を急ぐ。土砂降りの雨だというのに、それさえも気にならない。肌に張り付く髪の毛を振り乱して、夏希は自宅アパートの前で仁王立ちをした。
「ようやくこの日を迎えることができた……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます