第3章 リープ2回目
第9話 リープ2回目(1)
夏希が次に目を覚ますと、まだ夜明け前だった。少し肌寒いが、真冬ほどではない。今は一体何時だろうと枕元に置いているスマホへと手を伸ばして確認すると「四時二十四分」と表示されていた。
眠たい目をこすりながら、むくりと上体を起こす。隣には気持ちよさそうに寝ている夫が居た。もう一度落ち着いてスマホの画面を見る。2016年10月16日との日付に「今度は七年前……?」と夏希は思った。
なぜ七年前なのか。心当たりがあるとしたら、一つしかない。浜ちゃんである。「ということは……」と思いながら、夏希は辺りを見渡す。やはり思った通りである。茜が居ない。そして、茜に関するものがすべてないのである。
「やっぱりこれはタイムリープをしてるってことなのね」
二度目のタイムリープで夏希は確信した。夢だったとしたら、あんなにはっきりと子育ての記憶があるはずがない。
「ということは、今回は浜ちゃんとの不倫を阻止して、綾香を英明に合わせないようにしなきゃいけないってことか……」
前回よりも難しそうなミッションに夏希は頭を抱える。「うう~」と唸っていると、暗闇から「どうした……?」と掠れ声が声をかけてきた。
「ごめん、英明。起こしちゃった?」
「……ううん。どうかした?体調悪い?」
「ううん。目が覚めちゃって」
「そっか。……おいで」
寝ぼけ眼の英明は、両手を広げた。一瞬、躊躇しかけた夏希だったが、英明にとってはまだ結婚三年である。おずおずとそこへ飛び込むと、がっしりとした腕が背中へと回った。「英明の腕の中ってこんなに心地よかったっけ……」と思う。
思い返してみれば、茜が生まれてからというものの、夫婦の時間をとることができていなかった。茜が生まれて数ヶ月が経った頃のこと。英明から夜の誘いを何度か受けたが、体調が戻っていないこともありすべて断った。それから夫婦の時間はなくなっていたのだ。
「あのとき英明のことを受け入れれば、不倫なんてことにならなかったのかな」という思いが頭を掠める。事実、夏希へは身体を求めることがなくなったというのに、英明と二人の女性の営みの現場に遭遇したことは、夏希の胸を痛ませていた。
ぐるぐると頭の中だけで自分と会話していると、大きな掌が優しく夏希の背中を何度も撫でた。温かい体温が彼女の背中に伝わる。
「大丈夫。大丈夫」
愛おしい声が夏希の気持ちを落ち着かせる。心臓の音に合わせるように、何度も何度も優しく撫でる。「やっぱり私はこの人を愛している」と実感する。猫のように英明の胸へとすり寄ると、これ以上くっつけないというくらいぴたりと身体を重ねた。絡まり合う足も気持ちがいい。
「ふふ。どうしたの?」
「……英明。愛してる」
彼の胸に顔を埋めながら言った。歯が浮くかもしれないとも思ったが、意外にもすんなりと言葉を吐けた。
「なあんだよ」
甘い声に変わる。そしてシーツの擦れる音がする。羽毛布団が崩れ落ちてしまわないようにしながらも、英明は夏希の覆いかぶさった。夏希からは英明の顔と天井がよく見える。この角度で英明を見るのは何年振りだろうと思った。
「そんな可愛いこと言われたら抱きたいだろ」
「抱いてほしいもん」
ぶつかった視線はそのまま溶け合うように近づいた。吐息交じりの口づけは、そこから愛が零れ落ちそうだ。全身に降り注ぐそれは、夏希の体温を徐々にあげていく。何度も角度を変えながら唇を重ねるほどに湿っていき、寝室にはリップ音だけが響く。湿度のあがったそれは二人を昂らせるには十分だ。
「脱がせていい?」
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