第8話 リープ1回目(7)
英明の大学時代のゼミのメンバーの話になると、夏希は必ずこの話をしていた。それほど、衝撃的な出来事だったのだ。
「まあ。真理は派手なことが好きだからな。今もキャバクラで働いているらしいし」
「そうなんだ。すごいね。別世界の人って感じ」
「俺もだよ」
英明と目を合わせてふわりと笑う。夏希はそれが幸せだと思った。そして、今日は綾香を英明に合わせないようにして、本当によかったと心から思った。この家庭を守るために、夏希は綾香との付き合い方を頑張らなければいけないと感じた。
それからは、綾香をなんとか家に近づけないように努力した。以前は「近いから我が家でお茶でも」と誘ってきたが、今回はそれを絶対にしないようにした。それは綾香以外のサークルのメンバーにも徹底した。
努力の甲斐あって、夏希は綾香を英明に近づけることなく、編み物サークルのメンバー全員と仲良くすることができた。「こんなことなら最初からこうしておけばよかった」と胸を撫でおろした。
英明と茜と三人暮らしの日常を過ごしながら、二年の時が過ぎた。いよいよ、あの日がやってきたのだ。夏希の予想通り、土砂降りの雨が降り出した。はやる気持ちを抑えながら、夏希はびしょぬれになりながら家路を急ぐ。
前回は茜のレインコートを取りに帰るのに急いでいたが、今はそれだけではない。英明が家に綾香と一緒に居ないことを早く確認したくて足が動いている。どれほど待ちわびた日であっただろうか。
髪を振り乱しながら、家の前へと到着した。アパートの階段を上りながら息を整える。ひたひたと滴る雫はもう気にならなかった。ゆっくりとドアノブへと鍵を差し込み、それを回す。カシャンと開錠する音が耳に響いた。
全身が心臓になったようだった。震える手でドアノブを回して、ゆっくりと扉を開ける。目に入ってきた玄関のたたきには、白い大きめのスニーカーと同じ小さめのスニーカーが転がっていた。
大きめのスニーカーは英明のものだ。夏希も見たことがある。小さめのスニーカーの方は夏希のものではない。――どういうこと?
聞こえてくる男女の声に夏希は背筋が凍った。綾香とは一切コンタクトをとらせなかったはずだ。それなのに、聞こえてくるこの声は一体なんだというのか。真実を確かめるために、夏希はゆっくりとリビングへと向かう。
夏希の指先は冷たくなっていた。もはや血が通っていないと思えるほどだ。なんとか力を振り絞ってリビングの扉を開ける。
「英明……?」
カラカラの喉から振り絞って声を出した。この二年間、家庭を守るためにしてきた努力は、一体なんだったのだろうか。タイムリープしても同じ結果となることに夏希は愕然とする。
「え!?夏希!?」
「えっ」
ソファで慌てふためく全裸の英明を見るのは、これで二度目だ。
「なにしてるの……?」
あの日を忠実に再現するかのように、同じ言葉が夏希の口から漏れた。
「いや、これは、その……!」
「どういうつもりなの……。これは……」
そう言うと、英明はやはり全裸で土下座をした。
「夏希!ごめん!ほんの出来心で!」
前回と違ったのは、夏希は意外にも冷静だったことだ。「あんなにも英明と綾香を合わせないよう頑張ったのに、どうやって知り合ったというのだろう」と振り返る余裕さえあった。そして、綾香の姿を拝むために部屋の中へと一歩進んでソファに身を屈めている女へと視線をやる。
「えっ!?」
ところが夏希は目を疑った。思わず二度見をしてしまった。ソファに寝そべっている女と目が合った。目が合ったが信じられなかった。
「は、浜ちゃん……!?」
なんとそこに居たのは綾香ではなく、浜ちゃんだったのだ。
「夏希さん、ごめんなさい!」
綾香がやったように、浜ちゃんも英明の隣で額を床に擦りつけた。浜ちゃんのカールがかったふわふわのボブヘアーが振り乱れる。
「一体どういうこと……!?」
綾香との不倫を阻止したら、今度は浜ちゃんと不倫していた。またあの時と同じように頭がくらくらしてくる。「浜ちゃんとの不倫も阻止しなきゃいけないっていうの……?」と思っているうちに、夏希の意識が遠のいた。
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