第7話 リープ1回目(6)
「夏希さん、ごめんなさいね。急がせたでしょ」
「いいえ。こちらこそ、お待たせして」
「夏希さんも琴さんもありがとうございます。今度なにか御礼をさせてください」
綾香は立ち上がって首がもげてしまいそうなほど勢いよく頭を下げた。彼女の小麦色のロングヘア―がふわりと靡く。それはまるで実り切った稲穂が
「そんな御礼は気にしないでいいから。ね、琴さん」
「ええ。これから仲良くしてくれればそれで充分よ」
「夏希さん、琴さん……」
顔をあげた綾香の瞳は潤んでいた。「それじゃあ私はここで」と琴と別れた後、夏希は綾香を家まで車で送って行った。綾香は実家暮らしで、立派な門構えの甍の家に住んでいた。送り届けると、中から綾香の母親が顔を出し、夏希に紙袋一杯の野菜を持たせた。
「それじゃあまたサークルでね」
「本当にどうもありがとうございました」
夏希の胸は満たされた気持ちで一杯だった。こうして英明との接点を回避さえすれば、綾香と仲良くいられるかもしれないと期待に胸が膨らんだのだ。
「ただいま」
「おかえり。ちょうどよかった。これから夕飯の準備をするところだった」
「わ!ごめんね。すぐに支度するよ」
「いいよ、俺がやるから。洗濯物畳みをお願いしてもいい?茜を見ててほしいから」
「うん。ありがとう」
手洗いを済ませると、夏希はリビングで洗濯物を畳み始めた。茜は録画しておいたあんぱんがヒーローのアニメに夢中になっている。微笑ましい娘の姿にほっとする。
「編み物教室、どうだった?楽しそうだった?」
「うん。さっき送って行ったのも編み物教室のメンバーなんだけど、車の鍵を家に忘れてきちゃったらしくて。それで家まで送ってあげたの」
「そうだったのか。そりゃ大変だったな。ご苦労様」
「ごめんね、本当はもっと早く帰って来れる予定だったのに」
茜と二人きりは大変だっただろうと、夏希は英明を気遣った。
「全然。茜と一緒に遊んでいたから楽しかったよ」
「そう言ってくれると救われる」
英明は普段から育児にしっかりと参加している。だから夏希も英明に茜を任せて編み物サークルに入ってみようと思えたのだ。しかしそれでも急に「ママがいい」と言い出すこともあるため、心配していたのだ。
「浜ちゃんはどうだった?」
「うん。軽く挨拶だけして帰ってきたよ。今日のトーナメントは三回戦まで進めたらしい」
「そうだったんだ。私も浜ちゃんに連絡しておこうかな」
「うん。それがいいよ。またうちに遊びに来たいって言ってたし」
「じゃあ、遊びに来てもらう日を決めなきゃね」
「あ、そうだ」
「なに?」
「大学時代のゼミのメンバーで今週の土曜日、飲み会やろうってなったんだけどさ。行ってもいい?」
「土曜日……」
夏希は洗濯物を畳んでいた手を止め、自分のハンドバッグへと手を伸ばす。そこからスケジュール長を取り出して予定を確認した。
「うん。土曜日は大丈夫だよ。せっかくの飲み会だもん。楽しんできて」
「ありがとう。茜のことよろしくな」
「うん」
「そういえば」
「大学時代のゼミのメンバー」と聞いて、夏希はあることを思い出した。
「結婚式に来てくれたあの人も参加するの?」
「あの人?」
「そう、ほら。私たちの結婚式に来てくれてた人。首元にキスマークの」
「ああ。
「そうなんだ。でも、すごかったよね。まだ若かったとはいえ、結婚式にキスマークつけて参加してる人、後にも先にも私はその真理さんしか知らないわ」
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