第6話 リープ1回目(5)

「そういえば、車を降りた後に鍵が閉まらないなあって思ったんです。でも、急いでいたからそこまで気に留めていなくて……」

「じゃあ車の中にも鍵はないってことだね。忘れてきちゃったんだね」

 

 しっかり者のさやかが答えを導きだした。「そんなことあるの?」と優香が質問すると「家の中に鍵がある状態でも、感度が良いとエンジンがつくことあるんですよ」と佳美が答えた。

 

「どうしよう……」

 

 綾香が泣きそうな声を漏らす。皆がお互いの顔を見合わせた。綾香のことを見捨てることはできないが、どうするのが最善なのかお見合いしている形だ。夏希はじっと考える。綾香のことを見捨てることはできないが、これをきっかけに英明と出会わせてしまったのだ。

 

 あの時は消沈する綾香を放っておけずに、家が近いからと綾香を招き、車で家まで送っていってあげたのだ。そのときに英明と綾香は出会っている。綾香のことをなんとかしてあげたいが、英明と出会うことも阻止したい。

 

 何が最適解なのか考えているうちに、夏希はあることを提案してみることにした。

 

「あの。綾香ちゃんがよければなのだけど。私のうち、すぐそこなのね。だからちょっとここで待っててくれたら車をとってくるから、お家まで送っていってあげられるよ」

「そんな……!夏希さんにご迷惑かけられません」

「全然。私は大丈夫だよ。だから綾香ちゃんさえよければ」

 

 綾香は眉をハの字に下げた。しかし今は、夏希を頼る以外にない彼女は「それじゃあお言葉に甘えてもいいですか?」と言った。そうなったことで、どこか緊張の空気が流れていたサークルメンバーにも柔らかさが戻る。

 

「それじゃあ夏希さんにおまかせしても大丈夫ですか?」

 

 優香からの念押しのような尋ねに夏希は「大丈夫です」と笑顔で応えた。

 

「それじゃあ夏希さんが戻ってくるまで、私は一緒に待つわ。ごめんね、送ることはできなくて。夏希さんが戻ってくるまでくらいなら一緒に待ってられるから」

 

 綾香のことが気がかりだったのか、琴が一緒に待つことを買って出た。

 

「いえいえ、そんな!一人で待てますよ」

「いいのよ。少し時間つぶししたいから。それに綾香ちゃんを一人残して帰るのも、皆さんも気がかりだろうから。ここは私に任せて。夏希さんも車をとってくるのにそんなに時間はかからないんでしょう?」

「はい。歩いて二分なので。駐車場に向かっている間に家に着きます」

「それなら大丈夫ね。皆さんも安心してお帰りください」

 

 琴が役割を買って出たからか、他のサークルメンバーは「それじゃあ琴さんと夏希さんにおまかせして帰りましょうか」という空気になった。夏希はそれにほっとした。前回は夏希が家まで綾香に着いてきてもらうと提案したことでみんなを帰らせることができたが、今回はそういうわけにはいかなかったからだ。

 

 夏希は急いで家へと向かった。歩いたら二分だが、急げば一分で着く。車の鍵は玄関脇の小物類を置くスペースに置いてあるため、綾香のところへ戻るのにおよそ五分だろうと頭の中で計算しながら急いだ。

 

 家へと戻ると、英明ももう帰ってきているようだった。浜ちゃんの試合も顔出し程度に留めてくれたのだろうとほっとする。

 

「ただいま!」

 

 大声をあげて玄関へと入ると、リビングの方から英明が顔を覗かせた。

 

「おかえり」

「ごめん、ちょっと今から人を送ってくるから。その間、茜を見ててもらっていい?」

「それはいいけど。大丈夫なの?」

「うん。ちょっと待たせてるから、帰ってから話すね」

「分かった。気を付けてね」

「うん。いってきます」

 

 車の鍵を手に取り、車へと急ぐ。綾香を待たせていることよりも、琴を待たせていることが気がかりだった。自分の家族を守るために、琴の手を煩わせてしまっているような気持ちになったからだ。急いで綾香と事の元へと戻ると、笑い声が響いていた。

 

「お待たせしましたー!」

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