第4話 リープ1回目(3)

 夏希は希望を見出した気がした。英明と綾香を引き合わせたのは紛れもなく自分である。そうであるならば、綾香を英明に紹介しなければ良いのだ。

 

「うん。そうよ。そういうことだわ!」

 

 夏希は誓った。未来の自分の家族を守るために、英明と綾香を巡り合わせないようにしようと。

 

 編み物サークルは夏希の家から歩いて二分ほどのところにある市の施設で行われている。サークル活動ができる学習室がいくつかあるのだ。施設案内を確認すると、編み物サークルは第三学習室で行われているらしかった。

 

 ごくりと喉が鳴る。ここで英明の不倫相手となる友人と出会うのだ。顔面蒼白で土下座をする綾香の姿が瞼の裏に浮ぶ。大好きな綾香にあんなことをさせてはいけない。拳をぎゅっと握りしめてから、夏希は第三学習室の扉を開けた。

 

 夏希は二年前の記憶をたどった。初回の編み物サークルはどんなことが行われただろうか、と。たしか全員が初心者のクラスであったはずだ。そのため、皆が緊張の面持ちで学習室に佇んでいたことを思い出す。

 

 学習室に居る人物を見渡すと、その誰もが夏希にとっては見知った者ばかりであった。しかし、今日は初対面である。

 

「こんにちは。お名前を伺ってもよろしいでしょうか」

 

 薔薇が咲き乱れるかのような笑顔を夏希に振りまいたのは、編み物サークルの講師である花園優香はなぞのゆうかだ。年は夏希より十歳上だが、どこからどう見ても若々しい身なりをしている。夏希より年下だと言っても信じる人もいるかもしれない。

 

川添かわぞえ夏希です」

「川添さんですね。お待ちしておりました」

 

 優香は名簿らしきものに丸印をつけると、またふわりと笑った。

 

「空いている席にどうぞおかけください」

 

 なんの香りなのか分からないが、優香からはいつも花の香りがする。それも安っぽくない香りだ。きっと高級な香水でもつけているのだろう。その香りはやはり今日も健在であった。

 

「はい」

 

 第三学習室は広い会場ではない。二人ずつ座れる会議室用のテーブルがロの字型に四つあるだけだ。そのうちの一つはすでに優香が座っており、実質座れるのは六席である。

 

 入口との対面の窓際の席にはすでに一人が座っており、優香と対面になる席にも一人が座っている。自己紹介はまだだが、窓際に座っているのが佐々木洋子ささきようこであり、優香と対面の席に座っているのが田口琴たぐちことである。

 

 夏希は入口近くの席へと座った。しばらくしていると、綾香以外のメンツが揃った。夏希の隣席以外の席が埋まる。

 

「あと一人なので少々お待ちください」

 

 優香がそう声をかけたときに勢いよく入口の扉が開かれた。

 

「遅くなってすみません!」

 

 秋だというのに額に汗をびっしょりかいた綾香が飛び込んで来た。

 

「あらあら、まあまあ。そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。田所たどころさんですか?」

「すみません。そうです。田所綾香です」

「随分とお急ぎになられたのですね」

「すみません。第三学習室が分からなくてうろうろしていました」

 

 尻すぼみに両肩を縮ませて綾香は言った。

 

「そうでしたか。まだ時間前なので大丈夫ですよ。どうぞ、お席に」

 

 綾香は「すみません」と小声でもう一度謝りながら、夏希の隣席へと腰をおろした。こんなに汗をかいているというのに、夏希にはふわりと綾香の方からフローラルの香りが漂う。この中で一番若いのが綾香だ。まだ二十三歳。汗をかいても良い香りがするのは若者の特権だと夏希は思った。

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