第3話 リープ1回目(2)

 一瞬、夏希はくらりとした。しかし心のどこかでそうかもしれないとも思っていた。夢なのかとも思うが、抱いている茜の感触はしっかりある。

 

「朝御飯。できてるから食べよう」

「うん……」

 

 笑顔で英明に応えながらも、必死に状況の確認をする。もしこれが現実というならば、夏希はタイムリープをしてしまったことになる。果たしてそんなことがありえるのかどうか。とにかくしばらくは様子を見るしかないと、朝御飯を食べることにした。

 

 寝室を出てリビングへと行くと、ふわりといい香りが夏希の鼻を擽った。淹れたての珈琲の香りだ。休みの日になると、英明は早起きして珈琲豆を挽くところからする。

 

「どうぞ」

 

 ダイニングテーブルには焼き立ての食パンとスクランブルエッグ、焼いたベーコン、コーンスープ、簡単なサラダが並んでいる。

 

「ありがとう」

 

 茜を子供用の椅子に座らせる。すっかり泣き止んだ彼女は、準備されたバナナに目が釘付けだ。茜はフルーツが好物なのだ。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 茜の口に小さくカットされたバナナを運んでやり、口をもごもごさせているのを確認してから、夏希は食パンを頬張った。

 

「あ。そうだ。今日、茜を連れてはまちゃんの試合を観に行こうと思ってて」

「浜ちゃん、試合があるの?英明は出なくてよかったの?」

「うん。今回は浜ちゃん、シングルでのエントリーなんだ。だから応援だけは行ってやろうかと思って」

「そうだったの。茜の水分補給忘れないでね」

「分かってるよ。試合が終わりそうな時間に顔出して、挨拶だけしてくる」

「それならいいけど」

 

 英明はテニスサークルに所属している。茜が生まれてからはほとんど顔を出していないが、かつて男女ペアを組んでいた浜ちゃんの試合があるということで、観に行くらしかった。茜のことも気にしながらということで、夏希はちょっと顔を出すくらいならと許可することにした。

 

 浜ちゃんのことは、夏希もよく知っている。結婚して三年が経った頃、英明が独身の頃から所属しているテニスサークルに浜ちゃんが入ってきて、英明とペアを組むことになった。それで、夏希が不安にならないように紹介してくれたのだ。

 

 令和二年に行われた浜ちゃんの結婚式には、茜も含めて家族三人で出席した。今では浜ちゃんの旦那も含めて家族ぐるみでの付き合いがある。「ということは、浜ちゃんの結婚式に参加したのは、この世界でいうと昨年ってこと……?」と夏希は頭の中で計算をした。

 

「浜ちゃんによろしく伝えてね」

「ああ。伝えとく」

 

 朝御飯を食べ終えると、夏希は身支度をして家を出た。家を出るとき、玄関で英明と茜が見送りをしてくれた。二人の頬にキスを落してから、夏希は元気よく外に出る。

 

 ようやく一人になれたため、夏希は考えに耽った。どうやら今日は編み物サークルに初めて参加する日で間違いないようだった。スマホの画面を見ても、2021年9月20日と表示されている。

 

「ということはやっぱり、タイムリープをしてしまったということなのね」

 

 しかしなぜなのかが分からない。夏希の記憶は英明と綾香の浮気現場に遭遇したところで途切れている。あの光景がしかと頭にこびりついており、今思い出すだけでもおぞましい。ひょっとしてあれが夢だったのかもしれないとさえ思う。

 

「でもどちらが現実だったとしても、今は英明と綾香が出会う前ってことよね」

 

 ふとそこである考えが過った。英明と綾香が出会わないようにすれば、あの浮気現場にも遭遇しないんじゃないーー!?

 

「そっか。今ならやり直しができるってことなんだ」

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