第9話 デート②

その後も俺たちは探索を続けた。


「…………露店が多いですね」

「まぁ、我が領地のウリは農作物ですので。それを売るなら露店は多くなりますね。あと、武器屋も多いですよ」


「………武器……ですか」

「えぇ。とは言っても王都とは品揃えがかなり違っていると思いますが。ここでは戦争が多いため、冒険者より騎士の方が圧倒的に多いんですよ。だから冒険者のような一点物の装備より量産化した装備を売る店が大きくなります」

「なるほど………」


「あ、あのお店も美味しいですよ!!その日に取られた新鮮なフルーツを使ったデザートが絶品なんです!!」

「あれが……フルーティア…ですか…」

「あれ?ご存知だったのですか?」

「…………あなたが仰っていたではありませんか……」


 そうだ。俺はアナスタシア様に向けて扉の前で話している時にここのお店の話をした。姉上や母上もお気に入りだから女の子なら気になるんじゃないかと思って……。だが、結果は無反応だった。でも………


「………え?………俺の話、聞いてくれていたんですか?」


 思わず、俺の足はピタリと止まってしまう。だってずっと無反応だったから無視されているんだと聞いてないんだと思ってた…。


 俺の問いかけに少し先を歩いていたアナスタシア様の足も止まった。


「…………………………………………あんなにうるさかったら嫌でもお話は聞こえてきます」


 言葉は辛辣で、止まっていた足は俺を無視するかのようにすぐに歩みを始める。でも…ほんのわずか…。声に少しの照れを感じた。


「お、お待ちくださーい!」


 俺のやっていたことは無駄じゃなかった……。アナスタシア様の反応を見て少し報われた気がした。





 街を歩くこと一刻程。そろそろ巡る場所もなくなって来た頃にアナスタシア様が初めて自ら意志を示した。


「………あそこに行ってみたいです」


 そう言って指さした方向には教会があった。


「もちろんです。参りましょう」


 この国でユリス教の影響力というのは絶大だ。この国のほとんどはユリス教を信仰していることだろう。……そう考えるとそこのトップである聖女っていうのはすごいな……。


 だが、我が領地に限ってはユリス教の影響というのはそれほど大きくはない。と言うよりは無神教とユリス教でキッパリ別れているような感じだ。


 これまた理由は戦争。


 まぁ、神に祈って敵国ぶっ潰せるなら幾らでも祈るが、そんなはずないので生き残るためにひたすら身体を鍛えようという考えと神に勝てますようにと祈る2つの考えで割れている。父上は前者だし、俺も神なんて信じちゃいない。かと言ってユリス教を信仰している人達を貶している訳でもない。まぁ、人それぞれだよねってことだ。


 そのため、我が領地の教会は恐らく他に比べて小さなものとなっている。


 訪れる人も家族を失った人が大事な人の安寧を祈って来ることが多い。


「…………すみません、この辺りで少しやることがあるので用事を済ませてきても大丈夫ですか?」

「………えぇ、大丈夫ですが………」

「ありがとうございます。すぐに終わらして扉の前でお待ちしております」


 そう言って俺はアナスタシア様を見送った。


 だが、俺はその場から動くことはなく、教会に持たれてただ時間を過ぎるのを待っていた。


「………あら…また、珍しいことですね……ギルファー様」


「………シスターか……。息災か?」


 声のした方向には黒を基調とした修道着スカプラリオを纏ったシスターがいた。どこかの聖女様とは違って顔まで隠すような姿ではない。

 

「お陰様で。本日はどのようなご用件で?」

「いや……連れがいてな…。その連れが教会に用事があると言うので来ただけだ」

「あら、こんな悪人を連れ回すなんてどんなお方なのかしら?」


 うふふっと笑みを浮かべながら言うが、それをシスターに言われると少し傷つくな。まぁ、これが彼女なりの冗談であることは知っているのだが苦笑いでしか対応出来ない。


「…………中には入られないのですか………?」

「俺が祈りの邪魔をする訳にもいかないだろう」

「……………………神は誰の祈りでも受け入れてくれますよ」

「そうは思わない人達だっている。悪人は祈ることも許さぬまま、罰を落ちることを祈る人もいるんだ」


「……そうですか……」

「………………子供達は元気か……?」

「えぇ、とっても。……もしお暇なら会って行かれませんか?子供達もあなたに会えることを楽しみにしていました」

「残念ながら今の俺にお菓子はないのだがな……」


 そうは言いつつも俺は教会の裏の孤児院に向かう。


「あ、ぼんだー!!」

「坊が来たー!」

「おーおー、元気だったか……って確認するまでもなさそうだな」


 俺を見るなり、外で駆け回っていた子供が修道所の中に俺が来たことを伝えに行った。すると直ぐにたくさんの子供が俺の元に集まってくる。


 ちなみに坊っていうのは、よくセバースやメイドが俺の事を坊ちゃんと呼んでいることから呼ばれるようになった。


「坊、めずらしー!」

「たまたま近くをよりかかったんだよー」


「坊、おかしー!」

「悪いな、今は持ってないんだよ。代わりに今度持ってきてやるからなー」

「えー!なんで来たのー!!」


 うっぐ!!なんという言葉のナイフ。お菓子を持ってこなければまるで俺に価値がないなんて言い方じゃないか……。


「こらこら、ギルファー様にそんな言葉使わないのー」

「い、いいんだ、シスター…。き、気にしないでくれ………」

「で、でも………」


「あはは、坊、おもしろーい」

 

 そのまま子供達としばらく遊んでいたら教会からアナスタシア様が出てきたアナスタシア様がこちらに向かってくる。


「……もう大丈夫なのですか?」

「………えぇ。祈り終えました。………それより、あなたの用事はどうされたのですか?」

「あぁ。俺の用事はこの孤児院ですよ。こちらも既に用を済ましていますので直ぐに出発できます」


 サラッと嘘をつく。元々用事なんてなくてここに来たのは成り行きだと言うのに。それをアナスタシア様に素直に話すことが出来ない。そんな自分のことが嫌いになりそうだ。


「坊、このひとだーれ?」

「見ない人だー」

「新しい人?」

「おんなのひと?」


「……あー、まぁ、、そんなところだ。今度ちゃんと紹介に来るよ」


「お姉さん、坊のおよめさん?」

「坊のこと好きなのー?」

「……え、えっと………」


 俺の後ろに隠れて人見知りを発揮する子供達。まるで盾のように俺を扱ってくる。そのくせ、アナスタシア様に興味津々なので余計にタチが悪い。


 アナスタシア様は子供からの質問にオロオロしている。……噂通り冷たい人なのかと思っていたが単純に表情の変化が乏しくコミュニケーションが苦手なだけでは?


 アナスタシア様は心なしか俺に助けを求めるような顔をしているが、このままなら助けはいらないだろう。だが……





「ねぇ、お姉さん、なんでお顔、隠してるのー?」

「ッ…!?……そ、それは……」



 それはきっと彼女にとっての地雷だった。先程までの動揺とは違う。明らかに触れられたくない部分なのだろう。


「ほら、ガキどもそろそろ夕食の時間だろー?シスター手伝わなくていいのかー?」

「「「えー?」」」


 ここで質問は打ち切りだと言うと不満げな声が上がる。


「今度また連れてくるから。今日はここまでだ。ほれ、おやつは持ってきてなかったがお金ならあるからこれで今度自分たちでおやつ買ってこい。シスターには内緒だぞー」


「「「やったー!!」」」


 俺は子供たちにデート用に残していた銀貨を1人1枚ずつ渡して俺はアナスタシア様を連れて孤児院を出た。


「………大丈夫……ですか?」


 大丈夫なわけがない。今でも呼吸が乱れていることが読み取れる。それなのに気の利いた言葉のひとつも出てこない。………こういうところは本当に自分が嫌になる。


「ハァハァッ!……すぅ…はぁ…。えぇ、もう大丈夫です。先程はお見苦しいところをお見せしてすみません。お助け頂きありがとうございます」

「お気になさらず。それより早い所ここを離れましょう」


 あまりここにいていいことはない。できる限りここから離れないとアナスタシア様に危害が及ぶことも──


コツンっ!!


 あぁ、遅かったか。


 足に僅かな痛みを感じて後ろを見れば俺に当たった反動で地面を転がる石があった。さらにその先を見れば先程の孤児院の子供たちより少し大きな女の子が腕を振り下ろした状態でこちらを見ていた。


 その顔には何かを堪えるように涙が溜まり、表情は憎しみに染まっている。まるで仇にあったかのような。いや、「まるで」という表現は俺の欺瞞だな。彼女にとって俺は親の仇なのだから。


「人殺し!!」


 少女には似つかわしくない言葉と共に片手に握られていた石が俺に投げかけられる。


 先程よりも少し勢いのある石がまた、俺に当たる。


「パパを返せ!!!」


 新しく地面に転がる石を拾っては俺に投げつける。


 アナスタシア様が僅かに動き、俺と彼女の間に割って入ろうとするが、それを俺は制止する。


 これは彼女にとっては当然の権利であり、俺の罪なのだから。


 しばらくして彼女の母親が彼女を止めに来た。


「離してっ!!!アイツが目の前にいるの!!」

「ダメよ!!ごめんなさいっ!この子にはよく言い聞かせておきますのでなにとぞご勘弁を……」


 そう言って女の子はまだ暴れたまま母親に連れられてこの場を去った。だが、最後に見た母親の目には彼女以上の憎しみが宿って俺を射殺さんと睨んでいたのが分かった。


 ……………べつにあの親子を罰するつもりも権利も俺にはないのだがな。


「お見苦しい所をお見せしてすみませんでした……。さ、次のところに…………」


 パァン!!!!


 振り返った瞬間、俺が見たのは黒の法着ではなく、真っ赤な長髪。そして頬に鋭い痛みが走る。


 そのあまりの痛さに思わず頬を抑えてしまう。


「なんで……なんで!!!あんたがここにいるのよ!!!!!!!!」


 顔を見なくても声から伝わるのは彼女の猛烈な怒りと憎しみ。それに答えることは俺には出来ない。


「“我が怒りをもってかのものを焼き払え“!!!!ファイアーボール!!!!」


 平民にしては珍しくセンスのある彼女は魔法を使って炎の小球を顕現させる。


 さすがに俺の身に危険を感じたのだろうか。アナスタシア様が俺の前に立ち塞がろうとしているがそれを俺は再び制止する。


 先程までとは違う。本気の攻撃。俺は避けることもせずただ、彼女の怒りを正面から受け入れる。


「なんであんただけが生き残ってるのよ!!!」

「…すまない」


「弟を返しなさいよ!!!!」

「……すまない」


「あんたが死ねばよかった!!!!!」

「……………すまない」








が生まれなければ!!!!!!」




「………………………………………すまない」




 ドゴォォォン!!!


 特大の炎が俺の体を焼き付くさんと燃え盛るが俺の体を焼くことは出来ない。


 だと言うのに………俺の体はもう立ち上がれない程にボロボロだった。立ち上がる気力が……湧いてこない。


「二度と姿を見せないで……悪鬼」

「…………………………」


 彼女は最後にそう言い残してこの場を去った。


「あ、あの!すぐに治療します!!」


 彼女が見えなくなったのを確認してからアナスタシア様はすぐに動いてくれた。だが、


「いえ、治療は大丈夫です」

「そんなことを言ってる場合ではないです!!」


 そう言って彼女はすぐに杖を取り出し、俺に回復の魔法をかけてくれる。しかし……


 バチっ!!


 なにかに弾かれたように彼女の魔法は俺に届かず俺の体に傷をつけるだけの結果になった。


「…な、なんで…!?」

「…やっぱりか…」


 薄々こうなるのではないかとは思っていたが、やはり予想通りだったか。


「アナスタシア様…」


 ゆっくり俺は自分の力で俺の体を癒しながらアナスタシア様にある提案をする。


「もう少しだけお出かけを続けませんか?お連れしたいし場所があるのです。」





「全く、だから神ってのは嫌いなんだ…………」

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