第8話 デート①
「お待たせしました」
「いえ、そんなに待っていませんよ」
準備を終えたアナスタシア様がドアから出てくるがパッと見、特に変化したところはない。いつも通りの黒い衣装でご立派な杖を携えて綺麗にお辞儀する。
「では、参りましょう」
「はい」
「ご希望の行き先はございますか?」
「……特にはございません。まだここの地理には疎いもので……」
「そうですか。では、今回は私がリードさせてもらっても大丈夫でしょうか?」
「もちろんです」
「では、まずは街に向かいましょう。よろしければ馬を用意しますが……」
「いえ、歩くことには慣れておりますのでお気になさらず」
そのままメイドと執事に見送られて俺達は外へと出かけた。
バサッと日傘を刺してアナスタシア様が日に当たらないように太陽から守る。
「………あの………天気……いいですね」
「そうですね。このような日は外に出るというのも悪くないですね」
会話終了。くっ…まだだ。諦めるな!今日が最初で最後のチャンスだぞ!
「……………………あの、お洋服…………よく似合ってますね……………」
「…………ありがとうございます…………」
会話終了。馬鹿か俺は!!!!こんな喪服みたいな服似合うなんて葬儀屋以外では言わねぇよ!!いや、葬儀屋に対しても言わねぇよ!!!失礼極まりないだろ!!
まだだ!まだ諦めるな!
クソっ!!しかし街まで遠いな!!あと10分以上はある。もう俺の持ち札は全て消耗した!どうする!?
「あの…………」
「はい!いかが致しましたか!?」
恐らく、アナスタシア様が家に嫁いで初めてご自分から話しかけてくれたのではないだろうか?
「…その立ち位置は執事のように見えますが………」
現在俺の立ち位置はアナスタシア様の右斜め後ろでアナスタシア様に日傘を指している。傍から見れば間違いなく俺たち2人は夫婦ではなく、主従の関係だと思われるだろう。
「お気になさらず。それとも何かご希望はございますか?」
だが、今の俺たちの関係は夫婦よりもそちらの方が近いのではないだろうか?
「………………いえ、特には…………」
結局この会話以降、街に着くまで俺たち二人の間に特に会話が飛び交うことは無かった。
くっ、氷の聖女の異名を思い知らされる結果になってしまった!!
とりあえず街に着いたが、ここからどうしようか……。正直に言えばノープランだ。とりあえず領地見学という名目でデートに連れてきたから領地を回ろうとは思っていたんだが……。
王都に長らく暮らしていたアナスタシア様からすればうちの領地なんて田舎すぎてつまらないのでは…?と思っていたが杞憂だったかもしれない。
アナスタシア様は街をキョロキョロと首を振りながらて観察している。
「あはは…。王都とは大違いでしょう」
「………そう……ですね……。土地が変われば街並みも変化することは知っていましたが、このような街は初めてですね」
「聞きたいことがあればなんでも聞いてください」
「では、あれを食べてみたいです」
そう言ってアナスタシア様が指した先にあるのはひとつの出店だった。
「かしこまりました」
俺たち2人は出店に並んでひとつの商品を買う。その商品とは、簡単に言えば様々な野菜を1口サイズに切り分けた詰め合わせだ。
「おっちゃん、これ2つ」
「あいよ…ってギルファー様じゃないですか!…そちらの方は新しい人ですかい?」
「まぁ、そんな所だ。値段は?」
「2つで銅貨2枚だな」
俺は懐から銅貨を取り出してそれを渡す。
「まいどあり!ほれ、野菜セットだ!」
俺とアナスタシア様、それぞれにひとつずつ野菜セットが渡される。だが、その量は明らかにアナスタシア様の方が多かった。
「あの…私の分多くないですか?」
「いいんだよ、それくらい!可愛い嬢ちゃんにはサービスだ!頑張りなよ!」
少しオロオロしたように手元の野菜と店主を見比べ、困ったように俺の方に振り向く。とは言っても表情は分からないんだけどな。
「遠慮なく受け取ってください。なんせ、サービスですからね!」
「ワッハッハ!ギルファー様の言う通りだ!」
「で、では、頂きます。あ、ありがとうございます!」
そう言ってアナスタシア様は深くお辞儀をして商品を受け取った。
「どこかで休まれますか?それとも食べ歩きます?」
野菜セットは前世で言うサラダバーみたいな感じで食べ歩きしやすいように袋に入れられているが、貴族からすれば食べ歩きなんてはしたないって言う輩も多い。
俺?ちなみに俺は全然食べ歩きをする。前世での記憶も大きいのかもな。
「では、そうさせて頂きます」
「近くにベンチがあります。そちらに向かいましょう」
大きな木が影を作り、その中にベンチがポツンとある。そこで俺たちは腰掛けた。ここならば日傘も必要ないだろう。
アナスタシア様はお手持ちの杖を収納魔法で異空間に収納する。
日常でも使われる魔法は一般魔法とまとめられることが多い。一般魔法は魔力の少ない平民でも使えるような魔法とはいえ、それを無詠唱で行ってみせるとは…。
無詠唱魔法とは本来、魔法に必要な詠唱を省略することだ。簡単に説明したが、簡単に使えるものでは無い。それなりには魔法のセンスと精霊からの協力が必要となるため、平民では滅多に使えない。それを貴族とはいえ、聖女の力を失ったと噂の人が出来るとはな。
……ちなみになるが、何故アナスタシア様が最初から杖を収納していなかったのかも説明しておこう。魔法使いにとって杖とは武器だ。それを持ち歩くということは『俺の事を警戒してます。いつでも魔法をぶっ放してやるからな』ということである。
悲しくなるから言わなかったけど……。
それを食事のためとはいえ、収納してくれるとは…。少しは信頼してくれているとみていいのだろうか?
「……美味しいです」
カリッという野菜の新鮮さを感じるような音の後にアナスタシア様の口から出てきた感想に少しほっとした。野菜ということもあって子供からは不味いという感想も少なくないのだ。
一息ついてから俺も野菜を味わう。
「うん、美味い。こういうのは王都では売ってないのではないですか?」
「そう…ですね。初めて見ました。しかし、こちらの商品、お値段に対して量と味が釣り合ってないように感じます」
「あぁ、そこはうちの領地ならではって感じですね」
「……どういうことですか?」
意外にも彼女は俺の話に興味を持ってくれたようだ。なんでも聞いてくださいとは言ったが、彼女は俺の事を良く思ってないだろうし、結局何も聞かれないと思っていた。
「王都では、野菜を近くの領地で作られたものを何日かかけて運ぶでしょう?その間に新鮮さがなくなってしまいます。対して我が領地は狭いので街のすぐ外には畑が広がってるんですよ。だから、新鮮さを失うことなく俺たちは食べることが出来るんです。多分、この野菜、昨日取れたものをつかってるんじゃないですかね?」
「新鮮さ…ですか…」
「えぇ、野菜は採れたてが最も美味しいですからね。アナスタシア様は食べた事ありますか?採れたての野菜」
「ない…ですね」
「それでは、今度一緒に農家にお邪魔して採れたて野菜を食べてみませんか?」
「……………………次はないと思います……………」
あらら、、それとなく誘ってみたがどうやら振られてしまったようだ。
「お値段はどうされているのですか?」
「…そうですね……1番大きいのは税金でしょうか?」
「……税金…ですか…?」
「アナスタシア様はこの街に来てどう思われました?素直に答えて貰って大丈夫ですよ」
「………意外に活気に溢れているな…と。」
少し申し訳なさそうに答えるアナスタシア様だがその認識は間違っていない。
「あはは。でしょう?こんな辺境だと言うのに意外と商人の出入りが多いんですよ。理由は2つですね。1つは税金が他より安いんですよ」
「税金…が安い…」
「えぇ、うちの親父は根っからの戦闘狂でしてね。あまり財産に興味が無いのですよ。だから我が領地で徴収している税はほとんど我が家で雇っている世話人や兵士に当てられています。食事に関しては農家の人達から税として少し頂いていますがそれも彼らの生活に大きな影響を及ぼす程ではございません。むしろ、税より多めに送ってくることもありますよ?」
「あとは近隣諸国との戦争が原因ですね。今は平和ですが、少し前までは近隣諸国との戦いは日常茶飯事でした。そのような所にはやはり金の動きがあるものなのですよ」
「後者は素直に喜べませんね…」
「………………………そうですね……」
「そういえばさっきの店主さん、私を『新しい人』って呼んでましたがどういうことですか?」
少ししんみりしてしまった雰囲気を察してか、アナスタシア様が新たな質問をくれる。
「あぁ、あれは恐らくアナスタシア様を新人のメイドと間違えたんでしょう。家の家で雇っている人達って簡単に言うと困り果てた人達にとりあえず職業与えてみたってパターンが多いんですよ。そういう人たちを連れて街に来ること結構多いからいつものパターンだと思ったんじゃ…………。」
そこで俺はある失態に気づいた。
「す、すみません!流れとはいえアナスタシア様をメイドだと思わせてしまいました!」
あのように言えば、店主はオマケしてくれるだろうし、何より説明がめんどくさいから適当に誤魔化したがアナスタシア様から見れば不愉快以外の何でもないだろう。
「………いえ、特に気にしてませんので」
少し空いた間が気になるものの顔が見えないから判断に困るところだな……。
「で、では、休憩もそれそろ切り上げましょうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます