第3話 婚約

俺がこの世界に転生してから約11年が経過していた。今の俺は15歳だ。幸いなことに俺が転生してからの11年に家族から死者は出ていない。常に戦うことを考えているどこかの戦闘民族の血を引いていそうな父上も健在だ。未だに父上から魔法無しの剣術勝負では1本も取ることが出来ていない。


 俺も何回か父上と共に戦場に出ることがあったが父上はちょっと強すぎる。最初は驚いたもんだ。まさか魔法を斬るとか斬撃飛ばすとかを魔法無しで平気でやっちゃってる。馬に乗って剣を振るうがその勢いが止まらない。一騎当千、猪突猛進があんなに似合う男がいるのかと驚いたもんだ。

 

 そうだ。この11年で起こった変化として俺に新しい妹が出来たぐらいだ。名前はシャノン。5歳でとても可愛い。


 いいニュースはこれだけで終わらない。ココ最近、敵国との戦争が停戦状態にある。そのおかげで最近は貴族としての仕事に注力することが出来ている。


 今ではこんなふうに家族で食事を共にすることも少なくない。


「そうだ、ギル、後でお前に話がある。食後私の部屋まで来てくれ」


 ?なんだ?戦争が再開するとかか?


________


「それで父上、私に話とは?」


「うむ。それなんだがな………」


 食後1人で父上の書斎へと入るとそこに居たのは父上と執事長のセバース。ちなみにセバースは俺の剣の師匠でもある。父上はなんというか圧倒的な剛剣な上に教えるのがあんまり上手くなかったので俺はセバースに教わることになったのだ。セバースからなら10回に1回ぐらいは魔法なしでも勝てるようになってきた。


 それにしても珍しいな。豪胆な父上が俺にここまで言いづらしうに話すとは。余程大事なのだろう。


 「……………お前に縁談の話が来ている………」


「はぁ?」


 部屋の空気が凍てついて行くのを感じた。


「は、ははは…。父上にしては珍しいですね。ご冗談を仰るなんて……。初めて聞いたかもしれませんね、父上のジョークなんて。それで本題は?」


 しかし、父上は顔を机に伏せたまま俺の方を見あげようとはしない。


 まさかと思い俺は隣のセバースに視線をやる。


「坊ちゃん、信じられないでしょうが旦那様の仰っていることは本当です」

 

「…え?えぁ?ん?え、縁談相手は間違いなく俺なんでしょうか?」


「……あぁ」


「…お、御相手は俺の事を知った上での縁談なのでしょうか!?」

「そこまでは分からん。手紙で縁談の話が書かれていただけだ。だが、相手の立場を考えると知らないはずがないだろう」


「お、俺の「悪鬼」という噂を知ってのことだと!?」


「悪鬼」。それは巷に伝わる俺の呼び方だ。そう呼ばれるに至った理由は最も大きな要因から細かい要因まで様々である。まぁ、簡単に言ってしまえば俺がやりたいようにやった結果がこれだ。


 そのせいで俺はほかの貴族の人たちや領地以外の平民からもかなり嫌われている。偶に俺のせいでデモニオ家にまで迷惑をかけることもあるぐらいだ。


 とはいえ、別に後悔はしていない。やりたいことをやれたのだから満足しているぐらいだ。


 ってそんなことは今はどうでもいい。


 問題は俺の縁談相手だ。俺の噂を知らない貴族なんて居ないだろう。その事を考えると相当な問題行動をやらかした低貴族の令嬢か性格に大きな問題がある低貴族の令嬢ぐらいだろう。


 やり場にも使い道にも困った貴族がとりあえずここに押付けてきたに違いない!


 もしくは隣国との停戦に利用されるかのどちらかだろう。


 そんなのと婚約なんて嫌だァ!!!


 俺のスローライフが遠のくじゃないか!!


 絶対に拒否だ!!!


「あ、あのそれで縁談相手はどこでしょうか?」


父上はまだ顔を上げることが出来ていない。心なしかセバースですら俺と目を合わせることを避けている気がする。


「………………レイセン家だ」


「……ふっ、あっははは!!父上、まさかここまでが一連の俺を騙すための流れだったんですね!初めて父上のご冗談で笑いましたよ!!レイセン家って公爵家ですよ?そんなわけないじゃないですか!まさか父上にもこんな冗談が言えるなんて…。後で母上にも知らせなければ……あ、もしかしてドアの外で母上も待機してるパターンですか?もう終わったので出てきていいですよォ!」


 何故だ?もうドッキリは終わったはずだ。なぜ母上は出てこない?なぜ父上は顔を伏せたままなんだ?なぜセバースは目を閉じるんだ?


「……まさか……マジですか?」

「「マジ(です)」」


  父上とセバースの声が揃った。その声はやけに重かった。


「嘘だ……じゃあ、婚約破棄なんて…」

「無理に決まっているだろう。そんなことしたら我が家はおしまいだ」

「じ、じゃあ、ほかの婚約者用意するとか理由つけたら……」

「無理でしょうな。公爵家の権力で潰されて終わりです。そもそも坊ちゃんの婚約を受けてくれる人なんていません」


 なんか二重で傷ついたんだけど。明らかに今言わなくていいこと言われたよな。


「レイセン公爵家って聖女の家系で有名なはずでしょう!?そんな高貴な血筋がどうしてこんな新興貴族の倅と!?」


 そもそもデウス帝国とはまだ魔族が隆盛していた時代に魔王を討伐した勇者が国を興したことが起源とされている。その時の勇者の仲間が今の公爵家の先祖である。レイセン家は当時の勇者の仲間である聖女が先祖となっている。それ以降、聖女としての力は子孫に引き継がれているそうだ。


 聖女の力っていうのは様々だ。回復から結界、魔の浄化等様々なサポートを得意とする力で神の力の一部とも精霊の力とも言われている。


 そのため、基本的にその血を外部に出すことを嫌っているため、王家に嫁ぐもしくは婿または嫁に来ることを基本としている。


 しかも今のレイセン家には双子の令嬢がいたはずだ。名前は確か姉の方がアナスタシア、妹はセシリアだったか?


 そのうちの姉の方は特に評判がいい。聖女としての力は歴代随一とも呼ばれ、その性格は正に聖女としか表現できないほどに慈愛に満ちていて信仰心も厚いだとか。ただし、その顔に笑みを浮かべることがなく常に無表情でいるらしい。そこから着いた異名が氷の聖女。


 妹の方も姉より噂を聞く訳では無いが、聖女の力をしっかり受け継いで朗らかな性格で民の心に寄り添っているだとか。


 姉に関しては王家との婚約も決まってるんだったっか?


 ……というか今言われて思い出したが、レイセン家って実はかなり政治に深く関わっている家じゃなかったっけ?


 というのもレイセン家は聖女の力を引き継ぐ家でこの国の宗教に大きく関わりを持っている。


 この国の宗教はユリス教という宗教が最も大きな派閥だ。というかこの国はユリス教の崇める神の一神教で残りはほぼ無宗教派閥ばかりだ。


 ここまで言えばなんとなく分かるだろうがユリス教はこの国ではかなり大きな権力と影響力を持つ。で、そのユリス教で認められる聖女は世代ごとに1人なのだ。今は確かレイセン公爵家の当主の妻が聖女だったはず。その娘の双子は今は聖女候補だな。


 ユリス教の影響力と聖女の影響力はほぼ同じだと思っていい。その聖女争いとなれば国が傾くほどの影響力がある。その結果次第で次代の当主や国の王が決まるほどにな。


 前世と同じく宗教が大きな影響を持つのは変わらないらしい。


 そんな一族が今の時期にこんな紛争地帯の貴族に嫁ぐだと?冗談じゃない!!!!俺は戦争に巻き込まれるのはともかく……政治に巻き込まれることだけは死んでもゴメンなんだ!!!!どうせ前世みたいなクソ労働を押し付けられるに決まってるからな!!!!


 まさかとは思うが……


「父上……まさか……」


「いや、私は何もしておらん」


 ふむ。父上の近衛騎士時代のコネでも使ったのかと思ったが違ったか……。


「むしろ、私はレイセンのやつが気にくわん。昔からスカした顔をしおって……」


 むしろ嫌っているようだ。そりゃそうか。戦バカの父上にこんな大きな縁談を持ってこれるはずがない。


「それでお相手は?どちらの方なんでしょうか?」


「………アナスタシア様だ……」


「………………はぁ?」


 What?待て?なんでそうなる?よりによって次代聖女様の勢いが強い方なんだ??


 ここでよくあるラブコメなら実は俺とアナスタシア様は幼なじみで……なんて展開だがそれもない。むしろ会ったこともない…はずだ。いや、俺も荒んでた時期があったから確実とは言えないけども。少なくとも記憶には残っていない。


 勢力争いで負けた?病気か?実は性格悪いとか?


 俺の中には様々な推測が頭の中に浮かんでくる。


 いやいや、待て待て待てその前に


「アナスタシア様は、第1皇子との婚約が決まっていたはずでは!!?」


「どうやら、アナスタシア様は婚約破棄をされたらしい」


 父上から知らされる言葉を頭で処理することが出来ない。あまりに衝撃的すぎた俺は言葉通り口がふさがらないでいた。


「おいおい、今の王都はどうなってんだよ………。それで皇子との婚約を破棄された理由は何ですか?」


「正確な理由はまだ掴めておりません。ですが、こちらでも調べてみたところ、1つアナスタシア様に関する噂をお聞き致しました」


 俺の疑問に答えるのはセバースだ。貴族なら情報収集は基本だと思うかもしれないが、うちは常に戦争の中にいるため情報収集先が国内ではなく基本的に敵国となるため国内の情勢には疎い。


「それはなんだ?」


「アナスタシア様の聖女の力が失われた……と」


「そんなこと……有り得るのか?」


 聖女の力っていうのは精霊や神の力であり、この世界に存在する魔法とはまた違ったものと解釈されている。加えてその力というのはまだまだわかっていないことだらけなのだ。


 しかし、俺はこの世界に来てから魔法が使えなくなったなどという事例を聞いたことは無かった。


「分かりませぬ。しかし、その信憑性はかなり高いみたいで既に市井の間でも広まっておりました。加えてアナスタシア様に関する噂は明らかにデタラメと思えるものまで様々なものがありました」


 なるほどな。大体話の筋が見えてきた。


 聖女争い。それは今やアナスタシア様とセシリア様の2つの派閥に別れて行われている。優勢なのは間違いなくアナスタシア様だったはずだ。


 逆に言えばセシリア様派閥からしてみればアナスタシア様というのは大きな障害でしかない。そこにアナスタシア様の聖女の力の消失。そりゃセシリア様派閥からしてみればチャンスでしかないわな。それにつけ込んで嘘を吹聴してるってことか。


 さすがの教会、セイレン家でもその噂をかばいきれなくなった。これ以上守れば家名や信仰心にまで傷がつきかねない。そこでちょうどいいところに我が家があった。


 向こうから名目は戦場で戦ってる人を癒せだ何だということで家に嫁ぐことが決定したのだろう。だが、それは表向きの名目。裏ではそのまま野垂れ死んで貰うことが目標…か。もしくは俺「悪鬼」に酷いことでもさせるつもりかね。


 だーから盲目的に神を信じる教会だとか何も疑わない市民というのは嫌いなんだよ。


 だが、そう考えると聖女の力を失ったっていうのは噂の尾ひれとかではなく本当なのか?嘘であるなら力を示せば簡単に証明出来るわけだしな。


「はぁ……。分かりました。この婚約お受け致します」


 また俺の望むスローライフから1歩遠のいた…。


 こうなっら向こうから婚約破棄せざるを得ない状況を作ってやる!!!

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