打ち切り

古井論理

本文

 日付が変われば、バレンタインデーが来る。明日は三年間育てた身勝手を、あの人に手渡すと決めている。手作りのチョコレートを用意して、三年間想い続けたあの人に渡すのだ。義理チョコだと言ったら、分かってくれる保証はない。本命だと伝えられるように、勇気を振り絞らなければ。

「これ、どうぞ。ぜひ食べてください」

 違うな。何かが違う。

「作ってきました、食べてください」

 そんな感じのことを言って、意味を問われたら「好きです」と言おう。そうしよう。そう考えて、眠れない一夜を明かした。朝が来て、学校に行って、昼ご飯を食べて、午後の授業が始まって。勇気が出なくて、あの人の方をじっと向いているだけで時間が過ぎていく。放課後になったら渡そう、そう考えた。果たして放課後はすぐにやってきた。教室に残っているところを見て、手渡そうと鞄からチョコレートを取り出したその時。全てが遅かった。

「先輩、これ食べてください。作ってきたんです」

 扉を開けて入ってきた二年生の女子が、見るからに本命チョコなラッピングを施した箱をあの人に手渡した。

「ありがとう、喜んで」

 あの人がまぶしい笑顔でそう言った瞬間、私の中で何かが音を立てて割れたようだった。胸の奥が痛い。手の中にある箱が、途轍もない悔しさの象徴になったようだった。これを自分で食べたら、とんでもなく惨めなのだろう。私はその箱を隠し持ったまま、教室に誰もいなくなるまで立ち尽くしていた。

「あの子が来なくても、最初からチャンスなんてなかったのかも」

 そんな思いが私の頭を支配する。そして私は、手に持っていた残骸を教室のごみ箱に捨てた。幸い明日も掃除がある。誰かがほかのゴミと一緒に捨ててくれるだろう。

「さようなら」

 その言葉は、やけにあっさり口から出ていった。

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