第30話「握手」
打ち上げ会場に貸切った飲み屋の出口で、二次会に行くひとを募るスタッフたち。
そこから少しだけ離れた喫煙スペースでひとり、タバコを吸う
「なんだよこれ」
「ギターのピック」
「いや、見ればわかるって」
にっと笑う
紫煙と共にため息を吐いた直斗は影三からピックを受け取った。真っ赤な地に黄色でバンドのロゴマークが描かれている。影三と直斗、そして
何気なく裏に返すと、黒マジックで影三のサインが書かれていた。こんな小さなところに器用なものだと思いながら、ふと視線を感じて顔を上げると、何やら期待に満ちた顔の影三と目があった。
「……なんだよ」
「俺さあ、ガキの頃からバンドのロゴ入りピックってのに憧れてたんだよ」
「お、おう」
「それをさ、マイクスタンドのとこにズラーっ! と並べてさ、一曲終わるたびに客席に投げたのをファンが群がって拾っ……直斗、聞いてる?」
「あー聞いてる聞いてる」
直斗はわざとらしく耳掃除する振りを見せるが、影三は大して気を悪くした風もなく話を続ける。
「つまり、俺は今回のツアーで夢が叶ったってわけよ」
「『このバンドでライブツアーを回るのが夢だ』、『CDを出すのが夢だ』、『公会堂クラスのハコでライブをやるのが夢だ』、あとなんだっけ?」
「ドームでライブ!」
「夢だなんだと言っておきながら、着実に叶えてきたんだ。お前なら、いや俺らならドームでライブも叶えられるさ」
「おう!」
「で、このピックは何だ?」
話を元に戻すように直斗が尋ねると、
「これはバンドオリジナルピックの、箱から取り出した記念すべき一枚目。俺のサイン入りで将来プレミア間違いなし! 多分!」
「そんなプレミア品かっこ笑いを俺に?」
「ああ、直斗が持っててくれ」
「俺は指弾きなんだけどなあ」
そう言いながら、直斗は短くなったタバコを灰皿に押し付けると、家宝にするよと笑ってピックをジーンズのポケットにしまい込んだ。そして、右手を影三に向かって差し出す。
「何?」
「ファンには握手するもんだろ?」
「直斗って、俺のファンだったんだ」
「知らなかったのか? 俺は高校の頃から、ずっとお前のファンなんだぜ?」
ニヤリと笑ってみせる直斗と、影三が握手を交わす。改めて握手なんて、ちょっとこっぱずかしかったけれど。
影三が握った直斗の手は、少し骨ばっていて、温かかった。
「じゃあ俺は先帰るよ、またな」
「ああ、またな」
壁際に立て掛けてあったベースを背負うと、直斗は軽く手を挙げて駅へと歩いていった。
人波に紛れていく直斗の後ろ姿を何気なく見送ってから、影三は飲み屋向かって歩き出す。
ライブツアーも無事終了。三日ほど休んだらまたスタジオでリハやって、次のライブは――
影三の背後で急ブレーキの音が響いた。
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