第29話「名残」

 幸雄ゆきおが加入してからのライブツアーも無事ラストを迎え、影三えいぞうは誰もいない客席からぼんやりとステージを眺めていた。

 ほんの一時間前までこの場所でライブをやっていたとは思えない速度で、ステージ上のセットが解体されていく。

「どうした影三」

「いやなんか、名残惜しいっていうか」

 声をかけてきた幸雄に、影三は目線をステージに向けたまま返事をする。影三の隣に並んだ幸雄も、一緒になってスタッフたちの撤収作業を眺めた。

「今日のライブ、すげえ良かったもんな」

「ヒジのドラムも、ヒロのギターも、ナオのベースも、音聞いて顔見ただけで今何考えてるのか全部わかる、そんな演奏だったんだ。そこにユキの声が乗って、会場がひとつのでっかい音のかたまりみたいになってさ……」

「俺も歌ってて、こんなに楽しいと思ったのも、ライブが終わって欲しくないと思ったのも、初めてだよ」

 ライブの余韻に浸るように、幸雄は会場内をぐるりと眺める。

「次もまた、あんな風に演奏してやろうな」

「ああ何度でも、この五人でやってやろうぜ」


「影三センパイ、幸雄さん、打ち上げに移動するってよー」

「おう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る