第27話「渡し守」

「……越すに越されぬ大井川ってやつですね」

 窓から外を眺めながら、泥谷ひじやがぼそりと呟いた。

 新アルバム完成記念のライブツアーも終盤。大雨の影響で河川が危険水域に達してしまい、道路にかかる橋が封鎖されてしまったのだ。その結果起きた渋滞でメンバーたちが乗ってるバスが立ち往生して今に至っている。

 先頭部に座っているマネージャーが、代わりの交通手段を手配するためにあちこちへ電話をかけている。その様子を、五人は見守ることしか出来なかった。

「こういう時、俺らって無力だな」

「そうだね、遠征するファンの子たちも今頃困ってるかも」

 幸雄ゆきおの言葉に、浩也ひろやが携帯ゲーム機の画面から顔を上げて相槌を打つ。

「この橋越えればあと少しなのに、もどかしいな。船に車乗っけて運んでもらえたらいいのに」

「そんな、渡し船じゃないんだから。そもそも、危険水域なんだから船だって危ないだろ」

「じゃあ泳いで……」

「だから危険水域って言ってんだろ」

 クロールで泳ぐ真似をしてみせる影三えいぞう直斗なおとがツッコミを入れた。

「渡し船ねぇ……、そういや三途の川の渡し賃が六文って言うよな。六文って、今でいうといくら位なんだろ」

「バスの初乗り料金くらいらしいっすよ」 

「い、意外と現実的なんだな」

 幸雄が何気なく溢した疑問に、窓の外を眺めていた泥谷が即答する。

「ちなみに一文銭ってのはコレっす」

 そう言いながら泥谷は、カバンから鈍色の古銭を取り出してみせた。

 影三と直斗、それに浩也は泥谷の謎カバンにすっかり慣れてしまっていたから、どうしてそんなもの持ってるんだと驚く幸雄の反応が、逆に新鮮だった。

「はい、はいでは、これから向かいます。はい、ありがとうございます」

 あちこちに電話をかけていたマネージャーが通話を切ると、五人の方へくるりと振り向いた。

「皆さん、お待たせしました。代替の交通手段が手配できましたので、これから駅まで移動します」

「これから駅までって、徒歩で?」

「……徒歩です」

 神妙な顔をして頷くマネージャーに、五人は顔を見合わせてから、一斉に席を立った。

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