第25話「報酬」

 都心の駅のガード下、アコースティックギターをかき鳴らして歌う男がいた。

 マイクもないというのに、通り過ぎる酔客が一瞬でも足を止めてしまうほどの声量だ。

 ただ、ギターの技量が声に追いついてないのか、それともギター用の手袋が手に合っていないのか、コードを押さえる左手がつかえて演奏がおぼつかない瞬間がある。

「もったいねぇな……」

「おい影三えいぞう、お前何する……って、もうわかった気がする」

 直斗なおとが呼び止めるより先に、影三は人混みをかき分けて男の方へ向かって行った。

「なあ、お前いい声してんな。俺ちょっとだけギター弾けるからさ、歌に専念したとこ聞かせてくれよ」

「いいけど……、誰だお前」

「通りすがりのギタリストだ」

 帽子を目深に被った男が、サングラス越しに影三を睨み上げるが、影三は気にした様子もなく胸を反らせて言い切った。直斗からは後ろ姿しか見えないが、間違いなく今の影三はドヤ顔をしているだろう。

「何だよそれ。……で、曲はどうすんだ? 最近の歌とか俺あんま知らねえぞ?」

 提案に即座に乗ってくるあたり、路上でひとり歌い続けてきた彼の度胸を感じる。直斗は黙って二人のやり取りを見守ることにした。

「じゃあそうだな、レインボーのアイ・サレンダーとかどうよ」

「悪いな、その曲は……」

 男は一旦言葉を切ると、

「俺が一番得意なヤツだ」

 そう言ってニヤリと笑った。


「お疲れさん。はいこれ、報酬と言ったらささやかだけど、影三のワガママに付き合ってもらったお礼ってことで」

 直斗は自販機で買ったばかりの缶コーヒーを帽子の男に手渡した。

「お前いいギター弾くなあ! おかげですっげえ気持ちよく歌わせてもらったよ」

 男はというと、先ほどまでの演奏に興奮が抑えられない様子だ。それはそうだろう、最初一曲だけのつもりが、歌ってる間に通行人が次々と足を止めて聞き入っていくものだから、催促されるままに二曲、三曲と続けることになったのだ。

 しかも彼は、影三が「この曲は知っているか」と言わんばかりに突然弾き始めた曲を、即座に対応して歌ってみせた。聞いてきた音楽も、歳も直斗たちそう変わらないのだろう。もし彼がフリーなら、是非ともうちのバンドに欲しいと直斗は思った。

「なあ、お前うちのバンドで歌わねえか?」

 影三は直斗の方をちらりと見てから、男に向かって切り出した。どうやら影三も同じことを思っていたようだ。

「それは面白そうだな。いいぜ、俺は林山 幸雄はやしやま ゆきお。お前は?」

「俺は朝陽 影三あさひ えいぞう、こいつは新津 直斗にいつ なおと。俺たち歌舞伎Ageかぶきえいじってバンドやってんだ。これからよろしくな!」

「……えっ?」

 バンド名を聞いて、幸雄はサングラスの奥で目を見開いた。

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