第23話「静かな毒」

 トラブルというのは突然起きる。そりゃあもちろん、予測できてたらトラブルでもなんでもないのだが。

 ライブも半ばという時に、突然ベースの音が出なくなった。

 横を見ると影三えいぞう浩也ひろやも困惑顔でギターアンプの方を振り返っている。どうやら電源の一部でトラブルが起こっているらしい。しばらくお待ちくださいと会場アナウンスが出たあたり、PAまわりは無事のようだ。

 背後を忙しなく駆け回るスタッフたち。次第に客席からの戸惑いや俺たちの焦りが会場内の空気に染みていく。それはまるで、静かな毒のようだった。

「よし、マイクは生きてるな。じゃあここで一曲! 遠くまでいくぞ!」

 会場の一番奥を指さして影三が歌い始めたのは、次のアルバムで発表する予定の、まだアレンジが決まってない新曲だった。

 伴奏もなくただひとりで歌う影三に、気を利かせた泥谷ひじやが、ハイハットとスネアのリムショットで軽めにリズムを刻む。

 直斗なおとと浩也で、会場に漂う毒を払うように腕を振り上げて客席を煽る。横を見ると、スタンドマイクを握る影三の手は小刻みに震えていた。

 アンプからの軽いノイズに直斗が振り向くと、スタッフから電源が戻った合図が出る。ステージの四人でアイコンタクト、一斉に爆音を轟かせた。

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